「薪ストーブって、あたたかいよね?」
近年の様々な地球環境問題、近未来の地球環境問題の予測に関する様々な情報の流布によって、市民の環境意識が高まっている。たとえば、森林環境保全のとりくみとして、適切な森林管理のための間伐ボランティアなどの市民活動が盛んに行われている。しかしながら、近年の木材価格の低迷や安価なプラスチック製品の流通によって、林業経営の厳しさは増すばかりである。間伐などの森林管理、間伐材や小径木の加工や流通に対する行政の支援や、前述のような市民ボランティアによる取り組みはなされているが、消費行動を伴わないこれらの活動のみでは、崩壊しつつある林業の再生をはかることは困難である。
この解決のためには、木材(特に間伐材)の消費の高まりが必要不可欠である。たとえば、薪ストーブやペレットストーブの燃料としての木材の利用の促進は、間伐材の出口を確保するために重要である。これらの木質燃料は、いわゆるカーボンニュートラルのエネルギー源であり、気候変動の緩和策としても、その利用に対する期待が高まっている(佐野・三浦, 2002; 佐藤,2004; 清水ら, 2005, 2006; 間々田・田中, 2006)。もちろん、NOXやSOXなどの排気の問題(石坂ら, 2007)や設置スペースの問題など、特に、都市域などの集合住宅(マンションなど)での利用においては、いくつかの克服すべき課題がある。また、普及のためには、安定的な供給体制と流通システムの整備が必要である。
ペレットストーブの燃料である木質ペレットは、流通や使用の簡便さから、その普及において大きな可能性を秘めているが、その製造にエネルギーを消費し、また、製造施設の整備に資金を必要とする。一方、薪ストーブの燃料である薪は、加工や設備に投下するエネルギーが少なく、なにより、人のこころにぬくもりを与える「あたたかい」エネルギー源である。
さて、冒頭の質問(あるいは、同意を促す言葉)は、ある薪ストーブユーザの声である。その真意は、「小型の輻射式ペレットストーブよりも、どっしりとした重厚な薪ストーブの方があったかいような気がする。科学的には、何か理由があるのか?」という素朴な疑問である。本研究では、この素朴な疑問への科学的回答を試みることで、科学的な視点にたった薪ストーブの合理性を明らかにし、その普及のための動機づけを提供する。
薪ストーブと旧型の輻射式ペレットストーブにおける科学的あるいは物理的に重要な相違点は、そのサイズと表面温度にある。燃料効率を加味した有効出力が同じであるとすれば、両者は負の関係にある。一般的な薪ストーブ、ペレットストーブの有効出力は、ともに10000 kcal/h (≒9000 W)程度である。通常、薪ストーブの表面温度は2〜300℃であり、一方、ペレットストーブは表面温度を高温(蓄熱体の最高温度700℃程度)にすることで、同じ出力でありながら、小型化を実現していると考えられる。なお、現在の輻射式ペレットストーブにおいては、主に安全上の理由から、蓄熱体の周囲に覆いが取り付けられ、結果的に覆いを含めたサイズと表面温度は、薪ストーブの仕様に近付いている。そのため、その物理的相違点が小さくなっている。本研究では、旧式の小型高温のペレットストーブを参照し、大型低温の薪ストーブとの物理的な相違点を明らかにすると同時に、この改良点についての安全面以外の効果にも言及する。
異なるタイプの暖房器具であっても、有効出力、すなわち、室内という閉鎖空間に放出される熱量が同一である場合、物理的には、室内の平均温度は同じになるべきである。もちろん、「こころのぬくもり」が、日常生活の暖かさにとって、重要かつ本質的な要素であることは間違いないが、物理的な室内温度環境において、ペレットストーブよりも、薪ストーブが暖かいと感じさせる理由はあるだろうか?
本研究では、さまざまな可能性の中で、輻射式暖房器具の主要な暖房メカニズムである放射による壁面加熱の間接暖房効果に加えて、対流による床面近傍の暖房の効率化と、水蒸気の赤外線吸収による直接的な暖房効果に着目する。すなわち、輻射式の暖房器具であっても、エネルギーの一部は、ストーブ表面から顕熱フラックスとして放出され、周囲の空気を直接的に暖めるのに消費される。薪ストーブなどの暖房器具は通常床面に接して設置される。その周囲の暖められた空気は、その浮力によって上昇し、室内に対流を生む。この対流は、室内温度の均質化に寄与し、特に居住者の存在する床面近傍の温度上昇に寄与すると考えられる。また、水蒸気は、およそ5.7〜7.2μmに大きな赤外線吸収帯を持ち、ストーブの発する放射エネルギー(赤外線)の一部を吸収する(甲藤, 1964)。水蒸気によって吸収された放射エネルギーは、ただちに熱に変換され、効率的な室温上昇に直接的に寄与する。
本研究は、ストーブ表面および周囲の顕熱フラックス、放射フラックス、放射スペクトル、水蒸気による赤外線吸収量を試算し、自然科学の立場から、薪ストーブ、あるいは、新型の輻射式ペレットストーブが暖かい理由の説明を試みる。本研究によって、これらのカーボンニュートラルな暖房の効果が再認識され、燃料としての木材の利用の促進、間伐材の出口確保の一助となることを期待する。
仮想黒体表面のエネルギー収支は、以下の式で表される。
(1)
(2)
(3)
ただし、Qは有効出力(9000 W)、QRは放射によるエネルギー輸送量 (W)、QCは自然対流による顕熱輸送量(W)、QAはQRのうち水蒸気に吸収されるエネルギー (W)、QR’はQRのうちQA以外のエネルギー(W)であり、本研究では、天井、室壁、床面などに到達する放射エネルギーであると想定する。それぞれは、以下の式で与えられる。
(4)
(5)
ここで、Aは有効表面積(m2)、Lは放射フラックス(W m-2)、Hは顕熱フラックス(W m-2)であり、Tは表面温度(℃)、Trefは室温(25℃)である。σはステファンボルツマン定数(5.67×10-8 W m-2 K-4)である。Cは、自然対流による熱伝導率(W m-2 K-1)であり、立見堯夫(2001)を参照し、上向き平面(3.26)、下向き平面(2.28)、垂直平面(2.56)の平均的な値である2.5 W m-2 K-1と仮定する。なお、(1)式と(4)、(5)式の連立によって、有効表面積Aは以下の式によって算出される。
(6)
図1に仮想黒体面の面積と表面温度の関係を示す。薪ストーブに対応する表面温度250℃の場合の有効表面積はおよそ2 m2であり、現実の製品仕様と大きく違わない。一方、輻射式ペレットストーブの最高温度に対応する700℃の場合の有効面積はおよそ0.2 m2であり、実際のペレットストーブのサイズ(例えば、0.8 m2; 竹平ら, 2007)よりもかなり小さい。表面積0.8 m2に対応する表面温度は400℃程度である。すなわち、ペレットストーブにおいては、表面温度の分布が一様ではなく、その表面には暖房効果への寄与の大きい部分と寄与の小さな部分が存在することを示唆する。簡単のため、本研究では、表面温度が一様であった場合に計算される表面積を、その暖房器具における有効表面積と解釈して考察を行う。
図1 温度が一様で一定(9000W)のエネルギーソースをもつ仮想黒体面における温度と面積の関係
図2 気温25℃、相対湿度50%の空気層4.4mによる波長ごとの放射エネルギーの吸収割合ε(λ)(近藤ら, 2001; 甲藤, 1968)。
表1 甲藤(1964)による0.07mの水蒸気層(気温25℃、相対湿度100%の空気層2.2m、あるいは相対湿度50%の空気層4.4mに相当)による波長ごとの放射エネルギーの吸収割合から得られた区間ごとの定数(、(9)式参照)
No. | λ range |
(μm) | a1 | a0 |
1 | 5.200 | 5.370 | 0.587 | -3.052 |
2 | 5.370 | 5.864 | 0.459 | -2.367 |
3 | 5.864 | 5.938 | 0.033 | 0.134 |
4 | 5.938 | 6.136 | 0.975 | -5.463 |
5 | 6.136 | 6.284 | 0.000 | 0.522 |
6 | 6.284 | 6.432 | -1.317 | 8.798 |
7 | 6.432 | 6.531 | -1.902 | 12.558 |
8 | 6.531 | 6.654 | 0.909 | -5.796 |
9 | 6.654 | 6.704 | 6.026 | -39.845 |
10 | 6.704 | 6.926 | -0.165 | 1.652 | 11 | 6.926 | 6.975 | -4.099 | 28.904 |
12 | 6.975 | 7.099 | 0.968 | -6.443 |
13 | 7.099 | 7.148 | -2.716 | 19.713 |
14 | 7.148 | 7.593 | -0.439 | 3.433 |
15 | 7.593 | 7.800 | -0.482 | 3.761 |
空気層の厚さや相対湿度、室温が変化した場合、ε(λ)も変化するので、(9)式による見積りには、それらの条件の相違による誤差が含まれる。また、水蒸気は、2.66μmと2.73μm、および、18μm以上の遠赤外線域にも吸収特性を持つ(例えば、Clough, 1989)。ただし、2.66μmおよび2.73μm周辺の吸収帯波長域は比較的狭く、その寄与は大きくない。また、250℃以上の高温の熱源からの放射エネルギーうち、18μm以上の波長域の寄与は、およそ1割以下と小さい(図4参照)。このため、本研究では、これらの波長における赤外線吸収を考慮せずに計算を行う。
図3 a)天井、室壁、床面などに到達する放射エネルギーQR’(破線)、水蒸気に吸収される放射エネルギーQA(点線)と自然対流による顕熱輸送量QC(実線)の寄与率と熱源温度Tの関係。b)
寄与率0.0〜0.1の範囲を拡大した図、線種はa)と同じ。
一方、(5)式より自明であるが、温度が低く、表面積が大きいほど、直接的な顕熱輸送量は大きい。これは、表面積が大きいほど、ストーブ周囲の空気の温度を上昇させ、その浮力によって、室内の対流強度が大きくなることを示唆する。熱量としてはわずかであるが、室内大気を効率的にかき混ぜるか否かという点は、同じ出力のストーブで、暖かさの違い生むひとつの原因となりうる。すなわち、表面積が大きいほど、よく空気がかき混ざり、居住者の存在する床近傍が暖かくなることが考えられる。
図4 50℃、250℃、400℃、700℃の黒体における放射スペクトル(破線:50℃、太線:250℃、点線:400℃、細線700℃)、および、水蒸気による吸収帯5.7〜7.2μm(灰色の領域)
例えば、250℃の場合と700℃の場合の水蒸気による吸収エネルギーの差は、およそ230 Wと見積もられた。これは、かなり大きな部屋(たとえば、天井高4 mの15畳の部屋、容積100 m3)を想定しても、1時間あたりおよそ7℃の温度上昇に相当する熱量である(空気の熱容量を1200 J K-1 m-3として計算)。(9)式における水蒸気による放射エネルギーの吸収割合の見積り誤差が大きいとしても、水蒸気による赤外線吸収の効果は、表面温度250℃の薪ストーブと700℃の輻射式ペレットストーブによる暖房効率の間に顕著な差を生む原因となる可能性が高い。
近藤ら(2001)による水蒸気による赤外線吸収の効果を考慮した数値流体力学シミュレーションによると、54 m3 の容積(縦3m、横6m、高さ3m)の室内において、5~30℃の壁面からの放射に対応する室内空気層の全波長域における平均吸収率は、相対湿度50%において、0.11程度である。本研究の結果は、これよりも小さい。例えば、本研究による50℃の熱源における放射の平均吸収率はおよそ0.04と小さく計算された。これは、常温の熱源からの放射エネルギーの寄与が大きな18μm以上の波長における赤外線吸収を考慮しなかったためと考えられる。高温の熱源の場合、その放射スペクトルは短波長側にシフトし、250℃以上の熱源の場合には、18μm以上の波長域の寄与はおよそ1割以下と小さい。このため、本研究における250℃以上の熱源に関する議論においては、この見積誤差の影響は小さいと考えられる。
輻射式暖房器具における対流の効果は、サーキュレーターの併用による効果やファンヒーターなどの強制対流式の暖房器具の性能と比較できるほど大きなものではないと思われる。輻射式暖房器具の機能は、主として、放射フラックスによる壁面加熱による間接効果にあり、その点は、薪ストーブと輻射式ペレットストーブの間に大きな差異はない。
本研究は、同じ出力の輻射式暖房器具における暖房効率の良いサイズ(表面積)を示したにすぎない。この結果は、その燃料が薪であるかペレットであるか、あるいは、化石燃料であるかという点を考慮したものではない。また、近年では、安全性向上を主な目的として、表面を比較的低温に保つ覆いを備えたペレットストーブが主流となりつつある。この改善は、その物理的仕様が薪ストーブに近付いたことを意味し、安全性向上のみならず、暖房効率の向上にも寄与すると考えられる。
薪と同様にカーボンニュートラルな燃料であるペレットは、その形状とサイズの点から輸送が容易であり、燃焼室内への自動供給ができるなど、いくつかの利点を持っている。本研究は、この点を否定するものではない。それぞれの利点と欠点を理解した上で、現実的に実行可能なものから実践する態度が重要なのである。狭い国土に人口の密集するわが国の住宅環境における設置場所の物理的制約など、現実の製品設計においては、様々な点が考慮される必要があるが、燃料の種類を問わず、効率の良い暖房器具の開発の一助になることを期待する。
近年の薪ストーブのゆるやかな普及の原動力は、「こころのぬくもり」を求める人々の気持ちと森林保全のための環境意識であることはゆるぎない事実である。科学者は、その中で生じる素朴な疑問に答え、その行動に科学的な裏づけを提供することで、わずかながらにも、人々のこころにぬくもりを届けられるものと確信している。