−時に、西暦2017年−
サードインパクト発生後の、世界。
此の世を襲った三度目の災厄にもしぶとく人類は生き残り、世界は復興の兆しを見せ
ていた。
ここはかつて、第三新東京市と呼ばれていたトコロ。対使徒迎撃要塞都市、だったト
コロ。
だが、最早その面影は、無い。
これは、そこで出逢った二人の物語。
少年は、霧雨の中、片手に傘、片手に買い物袋を抱えて歩いていた。彼の帰りを待つ
家族の元へ。
その帰り道、少年は何時もの事を考えていた。あの時からずっと、考えていた事。
「・・・綾波に、逢いたい。」
そんな事を考えながら、家の前に到着して、少年は気が付いた。
・・・誰かが居る。こんな雨の日に、傘もささずに。
雨の所為か、そのシルエットは、良くわからない。体は、大きくない。どうやら女性
のようだ。
少年は、その正体を確かめる為、近付いて行った。そして、少年はそのシルエットが
誰なのかを理解した。
そのヒトは、蒼銀の髪と真紅の瞳を持つ少女。
少年が、逢いたかった少女。
「・・・綾波?」
少年は、それ以上言葉を発する事が出来なかった。
それ以上何かを言うと、目の前の夢の世界の住人のような、儚げな少女が消えてしま
うような気がして。
「・・・碇、君。」
少女は、これ以上言葉を紡ぐ事が出来なかった。
これ以上何かを言いたくても、溢れるココロが胸を満たす。替りに、涙が、溢れる。
暫く少年と少女は互いを見つめ合っていた。只壱つの想いを、胸に秘めて。
やがて、少女がやっとの思いで口を開いた。
「・・・・・・・・・・・逢いたかった。碇君に、逢いたかった・・・碇君が私に逢
う事を望んでくれたから・・・そして、私が碇君に逢いたかったから、私は戻ってこ
れたの・・・」
そして少女は、少年の胸に身を任せる。
そして少年は、少女の体をそっと抱きしめる。
少年の手から、傘が落ちる。買い物袋も、落ちる。雨が二人の肩を、全身を、濡ら
す。だが二人とも、気づかない。
そして少年は、決心して口を開いた。
「僕も、逢いたかった、綾波・・・これから僕の傍に、ずっと居てくれる?」
「・・・・・・・・・・・・ウン。」
「・・・有難う。・・・・・・あ、綾波、言い忘れてたけど・・・・・・」
「何?」
「お帰りなさい。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ただいま。碇君。」
二人はそう言うと、顔を見合わせ、どちらからとも無く、笑い出す。
少年は爽やかに、最高の笑みを浮かべて。
少女は少々恥ずかしそうに、微笑みを浮かべて。
「・・・シンジ君、遅いわねぇ。」
「全く、このアタシがお腹を空かせてるってえのに、なぁにダラダラやってんのかし
ら!!」
「ふふっ。愛しのシンジ君が帰って来ないのがそんなに心配?」
「ななな、何をいってんのよ、ミサト!シンジはそんなんじゃ・・・」
「いいわよ、アスカ。無理しなくても。シンジ君迎えに行ってらっしゃい。私は仕事
まだ残ってるから。」
「・・・わかったわ。でも、あたしとシンジは決してそんな関係じゃないからね!そ
の辺、理解しなさいよ!!」
「ハイハイ。行ってらっさーい。」
「全く、シンジもミサトもいい根性してるわ!このあたしをこき使わせるなんて。」
家のドアを閉め、少女は上を見て、雨が降っていないことを確認する。何時の間にか
月が出ていた。
そして、何気なく少女は下を見る。
そして、少女は見たくも無い光景を見た。
男と女が抱き合っている。それも、二人とも自分が良く知っている人。
「シンジ・・・ファースト・・・何で居るのよ・・・」
少女は闇に突き落とされた。目の前が真っ暗になる。
そして、自分の部屋へと駆け戻る。
「あら、アスカ。早かったじゃない。シンジ君、居たの?」
「うるさい!!あんな奴、知らない!!!」
「ち、ちょっと、待ちなさいアスカ!何が有ったの?」
それには答えず、少女は部屋へ逃げ込む。誰とも話したくないという気配が、ありあ
りと見て取れた。
「・・・アスカ、どうしたのかしら。シンジ君も帰って来ないし・・・」
女は、途方に暮れていた。沈黙。それを破ったのは、「ピンポーン」という音。
「きっとシンジ君ね。・・・でも、なにがあったのかしら・・・まぁ、本人に聞いて
みるとしますか。」
プシュー。ドアが開く。
「シンちゃん、お帰・・・え?レイ・・・シンジ君、そこに居るのは・・・レイなの
?」
「ええ・・・綾波です。綾波が戻ってきてくれたんですよ!」
「・・・レイ、戻ってきたのね。・・・・・・・・・お帰り。」
「・・・・・・・・・・・・・・只今帰りました。葛城三佐。」
「レイ、もうネルフも、エヴァも無いのよ。だから、三佐なんて呼ぶ必要はないわ。
だから、葛城でも、ミサトでも・・・好きな方で呼びなさい。それに、他人行儀なの
もやめなさい。じゃ、もう一度、お帰り、レイ。」
「・・・ただいま、葛城・・・さん。」
「うーん、まぁ、いいか。・・・あ、シンジ君、何かアスカに酷い事、した?アス
カ、怒ってたわよ。」
「え?僕、アスカ、見ませんでしたけど・・・」
そこで女は閃いた。(もしかしたら・・・)そう思ってカマをかけてみる。
「シンジ君、レイと何かしてたの?」
「え・・・ぼぼぼ、僕は、なな、何も、してませんよ。」
「嘘。」
何時の間にか、金髪の少女が玄関に立っていた。鬼も裸足で逃げ出すような形相をし
て。
「え?アスカ?」
ばっちぃぃぃぃぃん。いい音が響くと、少女は堰を切ったように喋り出した。
「この男は、この人形能面女と抱き合ってたのよ!!それもよりによってこのあたし
の目の前で!第一、ファースト、何で今頃のこのこコイツの目の前に現われるのよ!
それに・・・シンジ、も、シンジ、よ・・・なんで、アタシの、気持ち、に、気付き
もしないで・・・ファーストばっかり、見てるのよぉ。こ、これじゃ、アタシ、バカ
みたいじゃない・・・ア、アタシは、シンジのことが、大好きなのに・・・何で、何
で、気付いてくれないのよぉ、バカ・・・バカ・・・このオオバカシンジィ・・・」
少女は自分の感情に耐えきれず、何時しか涙を流していた。顔は朱に染まり、自分で
も何を言ってるのかわからない。でも、視線はしっかりと少年の姿を追っていた。
そして、もう一人の少女が口を開く。
「・・・碇君は、馬鹿じゃない・・・私は、人形じゃない・・・それに、私も、碇君
の事が・・・好き。何時までも・・・碇君と・・・一緒に居たい・・・」
蒼銀の髪の少女も、涙を流していた。同時に、頬を僅かに桜色に染めている。
「言ったわねぇ、アスカ、レイ。でも、どっちを選ぶかはシンジ君が決める事よ。だ
から、彼に任せなさい。」
三対の視線の先には、頬に見事な紅い花を咲かせた少年が一人。
「え・・・僕が、ですか?」
「そうよ。あなた以外に誰が居るの。それとも、どっちがいいかを決めかねてるの
?」
「いえ・・・僕の心は、もう決まってます。」
「へ?意外と早いのねぇ。」
「・・・なんですか。まるで、僕が何時までも、うじうじ悩んで決められないのを予
想していたかのような言い方じゃないですか。」
「う。いいじゃない。1年前までそうだった癖にぃ・・・」
そのとき、ちょうど時間を見図ったかのように
「「「「ぐぅ〜っ」」」」
という音が響いた。全員が思いっきりコケる。場に張り詰めた緊張の糸が、ガラガラ
と音を立てて崩れ落ちた。
「・・・こ、こんな時に・・・」
「み、みんなお腹が空いてたんだ。これからすぐ準備するよ!」
「こ、こらバカシンジ!逃げるんじゃないわよ!!」
「碇君・・・どっちを選ぶつもりだったの?」
四者四様の感想を得つつ、時は過ぎていった。様々な想いと共に・・・
食事を準備しつつ、自分の考えに沈む少年。
(自分の中ではもう決まってるんだ・・・でも、言ってしまっていいのかな?その為
に、彼女を傷つけてしまっても・・・僕は許されるの?)
リビングでビールを飲みつつ、二人の少女を交互に見つめる女。
(さーて、シンちゃんはどちらを選ぶのかしら?・・・でも、負けたほうは、辛いわ
ねぇ・・・)
見つめられる、二人の少女。彼女らの目の前には、かつては熱いお茶があったが、一
口も付けられず、既に冷めていた。
(シンジの奴、どっちを選ぶつもりなのかな・・・きっとアタシを選んでくれるよね
・・・)
(碇君は、きっと私を選んでくれる・・・でも、もしそうじゃなかったら私、どうす
ればいいの・・・)
そして夕食。
沈黙。ただ沈黙が流れて行く。四人は無言で箸を進める。少年は自分の食器以外を見
ようとしない。二人の少女はというと、二人とも少年の方を見たり、もう一方の少女
の方を盗み見たりし、時に二人の目が合ったりしてお互いにそっぽを向き合う。一番
の年増から見ると、二人とも実に落ち着きが無い。
(あっちゃあ、こいつは重症だわ。シンちゃんは黙秘を決め込んでるからどっちが好
きなのかわかんないし、これじゃ元ネルフ作戦部長といえども、腕の見せ場が無いわ
ね。リツコに言って、マギに予想させてみようかな。)
不穏なことを考える女。既にテーブルの上には、空き缶が沢山。更に思考は暴走して
ゆく。
(あ、賭けをしてみるのも良いわね。アスカにせよレイにせよ、美少女だし、どちら
もシンちゃんに対して積極的。どっちが勝つか賭け率としては、1:1ぐらいかしら
ねぇ、ケケケケケ。)
「ミサト。」「葛城さん。」「ミサトさん。」
3人の声に女は我に戻る。
「へ?あぁ、何かしら?」
3人の声は見事にユニゾンした。
「「「変なこと考えたら、殺すわよ((しますよ))。」」」
(う゛っ・・・なんで分かったの、この子達。奇妙な所で鋭いわね。)
「「「返事は?」」」
「はい・・・」
その為かどうなのか知らないが、少年がどちらの少女を選ぶのか、食事の席で語られ
ることは無かった。
そして、それから。
金髪の少女が風呂に入り、少年が食事の後片付けをしている間、
蒼銀の髪の少女と、年長の女との間で会話が交わされていた。
「レイ、貴方今、住む所有るの?」
「いえ。有りません。」
「だったら、あの日からどうしてたの?」
あの日とは、全てのヒトが溶け合った日の事。サードインパクトの起こった日。
「・・・私は、あの日、リリスとして存在していました。」
「それだったら知ってるわ。私もその時溶けてた訳だし・・・で、それがどうしたの
?」
「・・・私は、碇君があの選択をしたとき、安心していました。人の、希望として、
可能性を示した存在として。」
「・・・・・・・・・・。」
「そして、同時に、私が存在する理由が無くなりました。その時は、そう思っていま
した。」
「!・・・ちょっと、レイ。」
「暫く聞いていてください。・・・でも、碇君は・・・ずっと・・・ずっと・・・私
が戻ってくる事を望んでくれていました。ですから、彼が願えば、私は戻る事ができ
ました。」
「そうね・・・彼、いつも貴方の事心配してたものね。・・・続けて、レイ。」
「はい。それでも私は、戻る決心がつきませんでした。もしも彼が、私を見て、リリ
スの忌まわしい記憶を思い出してしまったら・・・そして、私を拒絶してしまったら
と思うと・・・怖かったんです。」
「それならどうやって決心したの?」
「それは・・・碇司令に逢ったんです。そして、私のオリジナルとなった人にも・・
・司令は言っていました。『お前はヒトとして生きろ。きっとシンジはお前を拒絶せ
ん。』と。そして、『そうよ。シンジは私たちの自慢の息子ですもの。きっと貴方の
事、受け入れるわ。だから心配しないでいいわ、レイ。私の自慢の娘さん。』と、ユ
イさんも言っていました。」
「へぇ、司令と奥さんがねぇ・・・それで、決心がついたのね。」
「はい。」
そこで二人は息をついた。少女は珍しく長時間話したから心を落ち着かせるために。
女は、話をまとめ、理解するために。そして、二人とも自分の前に置かれた飲み物に
手を伸ばす。二人とも一気に飲み干す。インターバルは終了した。
「・・・話、続ける?厭だったら、止めとくけど。」
「いいえ。大丈夫です。」
「そう。だったら質問、いいかしら。」
「どうぞ。」
「司令たちは、戻ってくる事、無いのかしら?」
「それは・・・無いと思います。二人は既に私たちの手の届かない場所にいます。二
人とも、碇君に挨拶を済ませたから、心残りは無いと言っていました。だから、もう
・・・」
「そっか・・・」
「それに・・・」
「それに?何、レイ。言ってみなさい。」
「いえ、何でも・・・」
ほのかに少女の顔が紅い。そしてそれはえもいわれぬ美しさを醸し出していた。
「いーい、レイ。ここまで来たら言っても言わなくても一緒よ!ぶわぁーっと言っ
ちゃいなさい!そっちの方がスッキリするから。」
「は、はい。・・・実は、ユイさんに言われました。『シンジと結婚できる体にして
おいてあげるわ。だから、シンジと幸せになって、元気な赤ちゃんをドンドン産みな
さい。』って。」
ここまで言った少女の顔は真っ赤であった。女は半分呆れつつ、(あの二人は、この
子に対して随分と甘いわねぇ。)などと考えながらふと或る事に気が付いた。
「って事は、レイ、貴方、生理が・・・有るって事?」
「・・・・・・・・・・・・・・・はい。」
「良かったじゃない!!」
「は、はい。有難うございます。」
「よーし、明日は御赤飯よぉっ!!シンジ君に頼んで明日の御飯は豪華にしてもらう
から、期待しときなさい。」
「はぁ。」
「あと、貴方、住む所無いんでしょ?だったらここに住みなさい!いいこと?レ
イ。」
「えっ?宜しいのですか?葛城さん。」
「当ったり前でしょ?それにシンジ君と一緒に居たいんでしょぉ?」
「はい。」
「だったら決定ね。そうと決まったら、明日シンジ君と買い物に行ってらっしゃい。
色々必要な物、あるでしょ。」
「碇君と一緒・・・はいっ!行ってきます!」
「うむっ!元気で宜しい!」
その後、少女が同居する旨が決定事項として伝えられた。一人は不機嫌に、もう一人
は幸せそうな顔に、更にもう一人は幸せな顔になりながらも、その顔を見た一人の少
女に後で散々殴られたのは言うまでも無い。
次の日。
二人は買い物を済ませ、後は帰るだけとなっていた。
少年は近くに居る筈の少女に声を掛けた。
「綾波ー。帰るよー。」
だが、返事は無い。
(あれ?何処に行っちゃったんだろ・・・)
少年は周りを見渡した。少女の髪は蒼い為、どんなに人が多くとも、見分けが付く。
案の定、すぐに見つかった。
少女はショーウインドゥを見つめていた。硝子の向こうには、純白のウェディングド
レスが飾られている。少女の紅い目はそれに釘付けになっていた。
(綾波・・・ウェディングドレス見てる。綾波がアレを来たら、きっと似合うだろう
なぁ・・・)
少年はそんな事を考えながら少女の方へ近付いて行った。其処で、二人にちょっとし
た出来事が起こる。
「綾な・・・」
声を掛けようとした時だった。
少女は大きな影に突き飛ばされた。
「きゃっ!」
バランスが取れず、つまづいた少女の体が宙に泳ぐ。
(危ない!!!!)
そう思うよりも早く、少年は少女の体を受け止める。体と体が、顔と顔が、目と目
が、今までに無く接近している。
「あっ、綾波、だだだ、大丈夫?けけけ、怪我、無い?」
(綾波の体って、あったかいな・・・それに、いい匂いがする・・・気持ち、いい
な。)
「ウン、大丈夫。」
(碇君がこんなに近くに・・・私、このままこうして居たい・・・それに、体が、心
が・・・熱い。)
そして、少年が少女から手を離そうとしたとき、少女が口を開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・碇君。」
「なな、何?綾波。」
「お願い・・・もう少し。もう少し・・・このままで・・・居て・・・お願い。」
「えっ?そっ、そんな事は・・・そんな・・・」
(綾波が・・・このままって・・・このまま・・・綾波が・・・このまま・・・)
少年の思考はループ状に固定されていた。と同時に、少女の顔を見つめる。
少女の表情は、必死だった。自分の願いが聞き届けられる様に。また、少女の紅い目
は、不安に揺れていた。もしも、自分の願いが聞き届けられなかったら、との心配か
ら。
そんな少女の顔を見て、少年は決めた。
ぎゅっ。
「い、碇君?」
そのままで居て欲しいとは思っていても、もっと強く抱きしめられるとは考えていな
かったのだろう。少女の声は、驚きに満ちていた。
「・・・綾波・・・これでいい?きつかったら言ってね。緩めるから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・ウン。でも、このままでいい・・・」
「そっ、そう。」
「碇君・・・」
「な、何かな?」
「ありが・・・とう・・・わたし、うれしい・・・」
二人は暫くそのまま抱き合っていた。自分にとってかけがえの無い者の存在を確かめ
る為に。
やがて、少年は口を開く。
「綾波、昨日の事、なんだけど・・・」
「?」
「ほら、僕がどっちを選ぶか、ってことなんだけど。」
「・・・あの事ね。」
「今だから、今じゃないと言えないから、言うよ。いい?綾波。」
少女は、少年が言わなくともその答えが既に判っていた。でも、二人の絆を確かめた
いが為に、敢えて少年に問う。
「・・・どっちを選ぶの?」
少年は、恥ずかしがりながらも、一言一言、ゆっくりと自分の想いを確かめるよう
に、少女に返す。
「僕の・・・目の前に、居る人。綾波、レイ。僕は・・・・・・君だけを、見ていた
い。」
「・・・・・・・・有難う、碇君。私なんかで・・・いいの?本当に?」
「うん。君と、ずっと二人で・・・いい事や、厭な事も、全ての事を・・・受け止め
て行きたいんだ。」
「有難う、碇君。・・・私を、選んでくれて・・・ありが・・・とう・・・わ、わた
し、うれしい・・・」
「あ、綾波。・・・泣かないで・・・はい、ハンカチ。」
「・・・いいの。わたし、うれしいの。・・・うれしいときにも、なみだ・・・なが
れるんでしょ?」
「うん。でも、綾波には・・・笑っていて欲しいんだ。だって、綾波の笑顔って・・
・誰よりも素敵なんだから。だから、笑って。」
「ウン。でも、それには条件があるわ。」
「何?」
「まず、私だけを、見ている事。」
「勿論。大体それはさっき言ったじゃないか。」
「いいの。・・・次に、どんな時も、私と一緒に、これからの人生を歩んでいく
事。」
「うん。」
「最後に・・・私が、嬉しい時も、寂しい時にも・・・・・・何時も、貴方が、傍に
居る事。・・・約束してくれる?」
「うん、約束するよ。綾波が嬉しい時も、寂しい時でも、何時も、僕が、傍に居る
よ。だから、泣かないで。」
「ウン。もう泣かない。私・・・笑うから、碇君も、笑って。」
そう言って泣き止んだ少女の顔は、次第に少年の望んだ顔に変わっていった。
第五の使徒戦で見せた笑顔に似ているが、それよりももっと美しい、と少年は感じ
た。
人としての暖かみを増した笑顔。
それは、少年にとって、最高の宝だった。
涙でぼやけた視界から見える少年の笑顔が、次第にハッキリしてゆく。
少年が見せた笑顔は、一年前と変わらない、優しい、愛しい微笑み、と少女は感じ
た。
人の心を優しく受け止める笑顔。
それは、少女にとって、最高の宝だった。
二人とも、この最高の宝を決して無くさない事を誓った。
だから、少年は少女を、少女は少年を、思いきり抱きしめた。
〜抱きしめたい〜
−I wanna hold you−
−fin−
<おまけ>
二人の姿を物陰で見ていた少女が呟く。
「はぁっ。振られちゃったか。」
それを聞いていた女が返事をする。
「まぁ、しょうがないわよ、アスカ。レイはシンジ君が居ないと駄目なんだから。」
「なんとなく、判っちゃいたけどね。」
「これからいい男なんて、幾らでも見つかるわよ。だから、元気出しなさい。」
「・・・ありがと、ミサト。」
「それとも、私の胸の中で思いっきり泣きたい?いいわよ、私のこの大きな胸に飛び
込んでらっしゃ・・・グェ!」
女の胸に渾身のボディブローが突き刺さる。加害者は平然と言い放つ。
「要らないわよ。」
「そ、そう。・・・でもアスカ。ボディは、勘弁して・・・」
「知らないわ。それはともかくミサト。今日はアタシに付き合って。」
「へ?あぁ、はいはい。幾らでも付き合ってあげるわよ。」
「・・・ありがと、ミサト。・・・よぉーっし、こうなったら、もっといい女になっ
て、あのバカシンジを後悔させてやるんだから!!!憶えてなさいよぉ、バカシン
ジィ!!!!」
「元気ね・・・アスカ・・・」
「何死んでんの、ミサト。置いてくわよ。」
「だ、誰の所為で死んでると思ってるのよぉ・・・ちょっとアスカ、待ちなさいっ!
!!」
さっきまで少女の居た所には、世界で一番小さな海が一滴だけ、残されていた。
これで本当の終劇。
<後書き>
どうも。読者の皆様、はじめまして。作者のNanshiです。
今回、HIROKI様の御厚意に預かり、初めて作品を投稿させて頂きました。HI
ROKI様、ありがとうございます。
さて、この作品は、僕が初めて書いた作品の為、皆様の満足を得られるような出来
か、と言うと「?」な出来だと思います。うーむ、むづかしい。
また、この作品の元ネタは、わかる人には一発でわかったかと思います。かのMr.
Childrenの名曲「抱きしめたい」を下敷きに作りました。
でも、僕の一番好きな曲と、僕の一番好きな二人の魅力を、このお話で表現しきれた
か、と言うと、かなり怪しいです。自分の力の無さに、途中笑っちゃいました。
まあ、そんな僕の作品でも、「面白かった。」と言って頂ける方、「ここはこうした
方が良いよ。」と教えて頂ける方、「僕の所で書いても良いよ。」と言って頂ける奇
特な方、是非僕までメールをお願い致します。そしたら次のお話を何処かでこっそり
書くかもしれません(笑)。
それでは、この作品を読んでくれた方に、また、何処かでお会いできたらいいなぁ・
・・ではではここで失礼致します。
<ご意見、ご感想はこちらへどうぞ=child@ma.neweb.ne.jp>
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