霊刀綾波物語

第一話『剣に封じられし巫女』

「ふしゅううううう」
武術独特の呼吸音が道場に響く。
道場の真ん中で、無形の位にかまえ立っている少年がいる。
その名は碇シンジ。
この蒼真流剣術、門下生の一人である、
シンジは今日の稽古を終え、教え込まれた呼吸法を使って、荒ぶった気を抑える。
「隙あり!」
背後から何者かが、シンジに木刀で襲い掛かってきた。
シンジの脳天へ打ち下ろされる木刀。
シンジはそれを、半歩横にずれるだけで躱し、そのまま相手の方へ一歩踏み出して
手にしていた木刀で胴をなぎ払う。
「ガンッ」
その一撃は木刀に阻まれてしまう。
「師匠。ひどいですよ」
シンジは襲ってきた相手に文句を言う。
「なーにお前がどこまで出来るようになったか、試しただけじゃ。気にするな」
襲ってきたのは、シンジの師匠にあたる人であった。
「本気で打ってきたでしょう?」
ジト目で師匠を見るシンジ。
「当たれば頭蓋骨陥没ぐらいの怪我じゃ。大したことはない」
かっかかかかかと笑い飛ばす師匠。そのわりには物騒なことを言っている。
「はあああ。まったく孫娘が孫娘なら祖父も祖父だよ」
シンジはため息をつく。毎度毎度なのだ。しかもこの師匠の孫にもいいようにおもちゃにされている。
しかもその孫はシンジと同居人なのだ。
「ん、ミサトがどうかしたのか?」
「2、3日前に桜前線追っかけていって、連絡もありません」
シンジはいつものことだとあきらめの口調で師匠に説明する。
シンジの同居人、葛城ミサト、29歳。ビールとお祭りを愛する親父ギャル。シンジの通う第一高校の教師ではあるが、毎年サクラの季節になると桜前線を宴会を追っかけて1〜2週間行方不明になるのだ。
なぜクビにならないのかは一高七不思議の一つに数えられているとかいないとか。閑話休題
「さすがわしの孫娘じゃ!」
かっかかかかと笑う師匠。
相手にするだけ無駄なので何も言わないシンジ
「師匠。もう今日は帰りますよ」
いつまでも笑い続ける師匠をおいて道場からでていくシンジ
「おお、そうじゃ。ちょっと待て。シンジ]
ぽんと手のひらを打ち、師匠はシンジを呼び止める。
「なんですか?」
シンジは振返り、師匠を見る。
ひょいっと師匠はシンジに向って、何かを投げつけてくる。
シンジはとっさにそれを両手で受け取る。
それは日本刀だった。
しかも結構古い。
「師匠、これは?」
「『霊刀綾波』、鬼斬りの刀じゃ」
師匠は真面目な顔をして、シンジに話す。
「鬼斬り?」
その言葉を聞いてシンジは刀と師匠を交互に見る。
「うむ。そうじゃ」
「師匠、どうしてその鬼斬りの刀を…」
シンジはますますわからなくなってくる。
自分が稽古している剣術、蒼真流が鬼斬りの剣ということは知っていた。
小さい子供の頃、遠縁の親戚のミサトお姉ちゃんに御伽噺として聴かされたのだ。
その御伽噺によれば、鬼の妖気を祓うことのできる巫女を刀に封じ、その刀をつかって鬼を退治したというものだ。
その退治した武士が興した剣術が、蒼真流として残っているのだ。
「ま、まさかあの御伽噺の…」
シンジは自分の持つ太刀をまじまじと見る。
「ミサトから聞いておったか。その通りじゃ。巫女を封じし刀がその『霊刀綾波』じゃ」
「まあ御伽噺の真偽は今となってはわからんがな」
「なぜその刀を僕に……?」
シンジは師匠を見る。
師匠はニヤリと笑い、話す。
「何、わしももう年でな。鬼斬りだのやっとるほど、体力はない」
「………」
シンジはジト目で師匠を見る。内心「うそつき」と思っているかどうかは定かではない
「そこでじゃ、若いお前に全て託して、隠遁しようかと思ってな」
「………で。毎日、街に出てナンパでもするんですか?」
「そうじゃ、ギャル相手にわしは遊ぶん……はっ、シンジはめおったな」
さいしょニタリきった表情をして喋っていた師匠は、途中で気づきシンジを睨む
「こんな簡単な誘導尋問に引っかからないでください!!」
シンジにしては珍しく、声を荒げる。
「まあ鬼斬りは冗談じゃが、その刀、お前に預ける」
急に真面目に戻る師匠。
「ナンパは冗談じゃないんですね」
シンジはジト目で師匠を見据える
「シンジ、お主もしつこいの…」
師匠は苦笑を漏らす。
「そうでなくても毎日、子供たちの稽古の相手してるのは僕なんですけど…?」
ちょっぴり殺気を込めるシンジ
蒼真流剣術、表向きは普通の剣道塾として、裏向きに代々伝わってきている剣術を含めた古武術教えているのだ。
シンジはその若干14歳にして師範代であった。
「なーに師範代としてお前を信頼してのことじゃ」
師匠はそのシンジの殺気を、あっさり受け流し飄々と喋る。
「はぁぁ。わかりました。お預かりします」
この師匠に何を言っても無駄だということは、もう悟りきっているシンジであった。


「ふうう、預かったのはいいんだけど、見つからないようにしないとな。でも、鬼斬りねえ。まあただの御伽噺だしね」
道場から自分の家への帰り道、シンジは呟く。
学生服姿(夏服)で、右手に鞄をさげ、左手に竹刀を入れる袋で隠した「霊刀綾波」という
姿であった。
「今日も遅くなってしまった…。まあミサトさんはまだ帰ってきてないだろうし、カップラーメンですますかな」
「でもペンペンのご飯はどうしようか…。あいつ結構食うものにはうるさいからな。レトルトは器ごとひっくり返すし、ミサトさんの料理なんて、冷蔵庫から出てこないし…」
まだ食べていない夕食を考えながら、シンジは歩く。
そして、通り道にある公園の横を通り過ぎるとき……
「やっぱりパスタかなんかに……
「キャアアアアアアア」
女性の絹を引き裂いたような悲鳴が辺りに響く…。
「えっ、悲鳴? どこだ? 公園の中か……」
シンジは迷うことなく、柵を飛び越え、公園の中へ入っていく。

「へへへへへ」
5人のチーマー風の若者が、スーツ姿の女性を取り囲んでいる。
「叫んだって無駄だぜ。なんせ今の世の中、誰も彼も見てみぬふりだからな。ケケケケケ」
若者のリーダー格が変な笑いをあげながら、女性を追いつめていく。
「やめてください……」
スーツの上着とブラウスを引きちぎられ、肌もあらわにして、女性はか細い声で抵抗を見せる。
「なーに痛いのは最初のうちだけだって……」
「そうそう天国に連れてってやるよ。へへへへへ」
若者の目は全員イっちゃってる。薬でも服用してるのであろう。正常な判断ができていない。目の前の獲物をむちゃくちゃにしてやりたい。ただそれだけが彼らの頭を占めていた。
「いやいやよ…。もうやめてよ…」
女性は3人掛かりで簡単に組み固められた。そして、一人がズボンをおろそうとした時
「うおおおおお!」
現れたのはシンジであった。全速力で駆けつけ、スピードに乗った蹴り一撃を一人に浴びせる。
そのまま、現状を把握出来ていない二人目の襟をつかみ、3人目に叩き付ける。もちろん手加減などしていない。そのまま地面に叩き付けられれば、重傷間違いなしの投げであった。
これで3人を無力化する
「な、何じゃてめえは!」
ようやく現状を認識し、バタフライナイフで切りかかってくる。
シンジは難なく刃をよけ、その懐に入り二の腕をつかみ、折った。まったく躊躇せずに。
『シンジ、あの手の輩どもに相手に遠慮は要らん。徹底的に痛みつける方が正解じゃ。自分たちよりも強い人間がいることを思い知らせてやれ。そのほうがあの手の輩のためにもなる』
シンジは師匠の教え通りに、徹底的に痛みつけることにしていた。
「うぎゃああああ」
折られた腕を掴み、地面でのた打ち回る。
そのままシンジは鳩尾落ちを踏み抜き、相手を気絶させる。
「早く、逃げて。交番へ」
足元で呆然としている女性へ話しかけるシンジ。
「えっ…はい」
女性はあわててその場を離れていく。
「おいおい。俺たちの楽しみをよくも奪ってくれたな」
残ったリーダー格は足元に置いてあった鉄パイプをつかみ、シンジに叩き付けてくる。
シンジはそれを紙一重でさけていく。
ただ力任せに振り回している鉄パイプの軌道を見切ることは蒼真流師範代のシンジにとって簡単なことであった。
そして空振りさせることで相手の疲労をさそう。
「だあああああ!」
チーマーリーダーは渾身の一撃をシンジに浴びせかかった。
『ガツッ』
鈍い音が響く。
その一撃を浴びたのは地面であった。チーマーリーダーはシンジの姿を探す。
「ここだよ」
シンジの声がしたのはチーマーリーダーの背後であった。
急いで振返ったチーマーリーダーの目に映ったのはシンジの靴だった。
『どさっ』
シンジの回し蹴りを鼻に叩き込まれたチーマーリーダーは昏倒し鼻血を流しながら倒れ込んだ。


「ふう。さてお巡りさんが来る前に帰ってしまわないと…」
シンジは急いで、放り出した荷物を回収し、公園を後にしようとする。
「な、なに!?」
シンジの背後で、チーマーたちが倒れているとこから急に殺気が感じられた。
急いで振返るシンジ。
シンジの目に映ったのは、チーマーリーダーであった。
いやチーマーリーダーだったものというべきであろう。
全体的に筋肉質になり、髪が急に伸びて腰まで達している。
そして両手の爪が伸び、刃物みたいに鋭くなっている。
歯も奥歯以外は鋭く尖がり、八重歯はそのまま牙になっている。
そして目は獣のようにらんらんと光っている。
「グウオォォォォォォォ!!」
彼は吠えた。
「くっ!」
シンジは彼から発せられる殺気のようなものに冷や汗をながす。
「なんなんだ、いったい」
シンジは一歩二歩と後さずっていく。
『鬼よ』
シンジの左横から急に声がする。
その方を見ると、白と臙脂に染め分けられた狩衣に指貫、立て烏帽子といった格好の少女が宙に浮いていた。俗に言う白拍子の姿であった
「えっ? な、なんだ」
シンジはうろたえてしまう。まあ無理はない。白拍子の少女というのは2015年現在では皆無に等しい。テレビの中で見るぐらいだ。その珍しい格好の女の子が宙に浮いている。うろたえてもおかしくはない。
「えっ、すり抜ける」
シンジは本物かどうか確かめるため、触ってみようと手を出した。その手はいとも簡単にすり抜けてしまった
『幻だもの。わたしはレイ』
感情のこもらない抑揚のない声がシンジの耳の届く。
「レイって、まさか…」
シンジは左手の竹刀バックを見る。
『そうよ』
「本当のことだったのか。夢じゃないよね」
シンジは右手で頬をつねる。痛みは確かにある。
『何をやっているの。くるわ』
シンジはその言葉に反応し、横に飛びのく。
シンジのさっきまで立っていた場所に、鬼と化したチーマーリーダーの一撃が、地面に穴を開ける。
「ガアアアアアア!」
鬼は吠える。
鬼から発せられる殺気の強さにシンジは膝をつきそうになる。
『早く、わたしを抜いて』
レイはシンジの左手の竹刀バッグをさす。
「抜けって…」
『抜いて、鬼を斬るの』
「でも、人間じゃないか!」
シンジはレイの言葉に拒否反応を示す。そこがシンジの甘さであった。
『そうね。人間だったわ。でも今は鬼よ…』
「でも……」
『貴方の迷いが多くの人に不幸を招くわ……』
「それでも人を斬ることなんてできないよ」
鬼の攻撃を必死に回避し、逃げ惑うシンジ。
『そう、なら貴方は死ぬわ……』
レイは淡々と、シンジに告げる。
シンジはレイの顔に悲しみの色を見る。そんなに表情が変る少女ではないということは今までの会話で悟っていた。
「………やるしかないのか」
シンジは竹刀バッグから「霊刀綾波」を取り出す。そして鞘から白刃を引き抜いた。
『結界を張るわ』
「結界?」
『ええ』
レイはシンジの横で静かに舞いはじめる。シンジにはその舞は静かに切なく、はかなげに見えた。
「きれいだな…」
シンジは見とれて思わず呟いてしまう。
刀身から光があふれ始め、周囲へ公園全体に広がっていく。
「グフフフフフ」
鬼はよだれを流しながらゆっくりとシンジの方へ歩いてくる。
「僕に斬れるのか……」
『……恐いの?』
「………」
シンジはレイのその問いに答えられない。
「人に戻す方法はないの?」
『無いわ。ああなってしまえばもう手後れよ』
レイは鬼に対して哀れみの目を向ける。
「やるしかないのか……逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ」
シンジは霊刀を青眼に構える
「重い。やっぱり真剣は違うな」
鬼はシンジへジャンプから渾身の一撃を入れてくる。
シンジは横にとび、回避する。
師匠との稽古とも先ほどのチーマーとの争いとは違い、まったく余裕が無い。
気のぬけない相手との命のやり取りは初めてといっていいのだ。
緊張の汗を霊刀を握る掌に感じる。
「てやあああ!」
霊刀の一閃を鬼へ浴びせるが、かすり傷ぐらいしか与えられない。
「効いてない!?」
『まだ迷ってるの?』
「迷ってるか…そうかもしれない」
『迷いが踏み込みを浅くしてるのよ』
「そうか……」

鬼とシンジの死闘は続く……。シンジは決定的な一撃を鬼にたいして入れることは出来ないでいる。
鬼はだんだんとシンジに対して、攻撃を当ててきていた。
「わああああ!」
鬼の左手の一撃を何とか霊刀で受け止めたシンジであったが、吹き飛ばされてしまった。
急いで立ち上がり、口に入った砂を吐き出す。
「ハアハアハアハア」
息も荒くなってきている。限界が近いのがわかる。日頃の無茶な稽古が無かったら、とっくにあの世行きだろう……。
「ガアアアアアア!!」
鬼はまたも吠え、殺気を当たりに撒き散らす。
「このままじゃ駄目だ……」
『シンジ、聞いて』
レイは初めてシンジの名を呼んだ。シンジは何故か始めてじゃない気がしていた。
「ハアハアハアハア……なに?」
『落ち着いた方がいいわ。今のあなたは恐怖と焦りから己を見失っているもの』
「…………」
シンジはレイの言葉を聞いて、師匠がかつて教えてくれたことを思い出す。
己の敵は己自身であること。恐れ、怒り、悲しみ、憎しみといった負の感情が己自身の動きを制限することを
『今のあなたでは、彼を救うどころか斬ることすらままならないわ』
レイはシンジを見つめる。
シンジはレイの言葉で落ち着きを取り戻していた。
「ごめん………ありがとう」
シンジはレイへ感謝の言葉を返した。そして、
ウォォォォォッ!!」
呼吸を整え、鬼に向かって剣気を発する。シンジの周囲の砂と小石が舞い上がる。
「グルッ?」
鬼はシンジの剣気に圧され、一歩後退する。
「……行くよ」
シンジは刀を下段に構え、鬼に対して一歩踏み出す。
「グルッ……」
鬼は一歩下がる。落ち着きを取り戻し、剣士としての自分を取り戻したシンジに対して、本能的に恐れを感じているのか…。
ヒュン!!
空気がうなりをあげる。鬼がその鋭い爪の一撃をシンジに対して浴びせたのだ。
シンジはその一撃を紙一重でかわす。
ヒュン!ヒュン!ヒュン!
更に鬼は空気を切り裂いて、シンジに襲い掛かるが、その攻撃すべてを紙一重いや最小限の動きで回避している。
シンジは鬼の動きを見切ってしまっているのだ。
「……師匠の動きに比べれば、遅い」
パワーは人を遥かに凌駕しているが、スピードは武道をやっている人間ならばついていくことが出来る程度だとシンジは確信していた。
「……だけど、僕には斬れない。どうすれば……」
シンジはそう戦いの行末を計算してみた。
鬼を斬るしかない。レイの言葉は正しいのだろう。シンジにとって鬼との戦いは初めてなのだ。レイはあの御伽噺が正しいのなら数百年前から鬼と戦ってきたことになる。理屈ではレイが正しい。だがシンジは感情でその理屈を拒否している。結論は出ない…
「………」


「…結界か」
男は、公園に張り巡らされた結界を感じとっていた。
この結界は俗に言う壁を作るものではなく、他人にその場所を認知させないためのものである。
それゆえに誰もそこに公園があるとは感じておらず、その場所を避けて歩いている。
男は、この暑い中でも着込んでいるコートの下から一振りの小太刀を抜き放つ。
「マナ、結界を中和できるか?」
男は小太刀に話しかける。
『まかせて! 簡単よ。こんなの……ってあれ??』
ショートカットの少女。それも巫女姿の、が不意に男の左横に現われる。
少女は結界に触れ、中和しようとするが、上手くできないらしい。
「……ふう。もういい。俺がやる」
男は小太刀を構え、一気に振り払う。
『ピイイイイイン』
そういう音があたりに響いた感じがする。マナは耳を押さえうずくまっている。
結界を無理に破ったせいか、通りがかった人々が気を失い倒れこんでいる。
『もう。加持さんて、相変わらず無茶ばかりするんだから…』
少女は男に向かって膨れて見せる。
「……そういうな。しかし、この結界は……」
加持はマナのその様子に苦笑してみせる。
『……レイ様じゃないかな。私が中和できない結界を作るのはレイ様ぐらいだもの』
マナは小首を傾げ、記憶を探るしぐさをみせる。
「霊刀綾波か……急ぐぞ」
『はい』
加持は公園の中心に向けて走り始める。
マナは光の粒子となり、小太刀の中に消えていった…。
「あの少年では、鬼は斬れない」


『ピイイイイン』
レイは結界が破られたことに気づいた。
「ん?」
シンジも気づいていた。
『結界、破られたわ……誰?』

「…ふううふうう」
シンジは鬼の攻撃を回避しつづけていたが、スタミナ切れなのか、息が乱れてきていた。
「このままじゃ、もたない」
ときおり、みねうちで攻撃を加えるが、いまいち鬼には効いていない。
「ぐるううるるうる」
鬼はシンジを見据え、隙をうかがっている。
じりじりと鬼は横にずれていく。シンジもまた刀を構え、その動きに対応していく。
「…………」
隙を見せれば、一撃でやられる。シンジはその緊張感に耐えていた。
「………うわああ」
鬼に集中していたため足元に転がっていたチーマー達の体に躓いてしまうシンジ。
「ガアアア!!」
その隙を逃さず、鬼は襲い掛かってくる。
「(やられる!!)」
シンジはそう確信した。
(バサッ)
鬼の一撃がシンジにあと数十cmで届くところで両者の間にコートが投げ込まれた。
そのコートは鬼の視界を防ぎ、攻撃を躊躇させた。
シンジはその隙に地面を転がり、鬼から間合いを空けることができた。
「………お前の相手は俺だ」
その声がした方にシンジは顔を向ける。
そこにいたのは、不精ひげを生やし、小太刀を片手に持っている男であった。
『やっほー! レイ様。お元気でしたか?』
小太刀から光の粒子があふれ、少女の形を取った。そうして…少女は飛びっきりの笑顔をレイとシンジに見せる。
『マナ……久しぶりね。15年ぶりね』
「な、なんだあ?」
シンジは事態に対応できずにいた。
『霊刀霧島。それに封じられた巫女マナよ』
レイは冷静にシンジに説明する。
「おいおい。挨拶は後だ。まずはこいつを始末する」
加持はその様子に苦笑してみせる。
『はーーい。うんじゃあ行くよ!!』
マナは鬼のほうに飛んでいき、鬼の周りにある鬼気の壁を祓う。
『加持さん!!』
「ふん!!」
加持の小太刀の一撃は鬼の左手を斬り落す。
「ぎゃああああああ」
鬼は左腕をつかみ、のたうちまわる。
「な、なんてことを……。人間なんですよ!!」
シンジは加持に食って掛かる。
「知っているさ。だが、もう手遅れだ。こうなった以上人間には戻れない」
加持はシンジにそう言い放つ。
「で、でも……」
「少年、この鬼を見逃すとするぞ。最初の犠牲者は誰になると思う?」
「えっ?」
「この鬼の家族だ。家族を食らい、そのあと他の人々を食らうために襲いだす」
「くっ………」
「わかったなら下がっていることだ」
加持はシンジを脇に避け、のたうちまわっている鬼へ一歩踏み出す。
「……殺してやることが、唯一の情けだ」
加持はそう呟く。
シンジはその言葉にはっ、と顔をあげ加持の方を見る。
加持の表情は無表情で何も表してはいないが、シンジには怒りと悲しみを隠しているのが見えた。
「………」
止めをさそうと、加持は鬼へ近づいていく。
「ギャアアア………ガアアアアアアアアア!!」
その途端、鬼の体に異変が起きた。全身の筋肉が膨らみ、顔の形相がますます化け物になっていく。全身から血が流れていく
「鬼の血の暴走か……」
「暴走?」
「これがもう一つの理由だ。人の肉体は鬼の血に耐えられない。暴走が始まれば、後は死が待っているだけだ。地獄の苦しみの後にな……」
「…………」
「そうなる前に斬ってやるべきなのだ。あの苦痛は鬼といえど耐えられん。」
「………」
「マナ」
『…はい』
マナは再び、鬼気を祓う。鬼は苦しみのたうっている。
「………」
加持は小太刀を無言で振り下ろす。
待ってください!!
加持は鬼の体寸前で刃を止める。
「まだわかって……」
シンジは鞘に刀を戻し、自分の間合いまで近づいてくる・
「僕がやります。僕が斬ります」
シンジは覚悟を決めた顔をしていた。
「……そうか」
加持は鬼から身を離す。
シンジは抜刀術の構えをみせる。
「………レイ」
『何?』
「力を貸して」
『………』
レイは無言でうなづくと、鬼の鬼気を祓う。
「てやああああ!!」
シンジは刀身を一気に抜き放ち、鬼を斬った……。
「ギャアアアアア…………」
鬼は断末魔を上げ、そして命の火を消した。
ポツポツポツ
小雨が降り始める。
鬼の死体は雨に反応し、気体を出し始める。
どうやら、化学反応を起こしているようだ
「………」
加持はそれを見届けると、コートを拾い、シンジをその場に残して、後にする。
『加持さん、いいんですか?』
マナは加持に尋ねる。
「…………」
加持は何も応えず、去っていった。
ザアアアアアアア
雨脚が強くなってきている。
「…………」
雨の中、シンジは片手に霊刀を持って、ただ立ち尽していた。
『シンジ……』

次回予告

鬼を斬り、その重さに耐えかねるシンジ。
ミサトはシンジに自分の過去を話しはじめる。
レイの使命とは?
新たな霊刀の存在。
そしてシンジは旅に出る。

霊刀綾波物語第二話、霊刀を持つ者


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