『Days of After 〜レイ〜』
  後日談 


 

 わたしは見晴らし台に立って、眼下に広がる光景を眺めていた。

 見晴らし台と言うけれど、もうとっくにうち捨てられて見すぼらしくなっている。

 風が吹いてきて、わたしの髪の毛の揺らした。

「レイ、風が冷たいよ。車に戻ろう?」

 隣に立った碇君が心配そうな顔をしている。

「もうちょっとだけ…」

 わたしは目を眼下に広がる盆地に戻しながら言った。

 かつて、第三新東京と呼ばれた街があった場所。

 今は、荒れ果てた荒野となってしまっている。

 目の前にものすごく大きなくぼ地ができている。

 まるで、そこだけ大地をざっくりとえぐり取ったような大きな穴と言ってもいい。

 芦ノ湖から流れ込んだ水が底に大きな水たまりを作っている。

 その地下に、かつてジオフロントと呼ばれる場所と、NERV本部と呼ばれる施設があったところ。

 リリスの卵と呼ばれるモノ、も。

 そして、わたしの…。

「くしゅっ」

 わたしの思考は唐突に出てきたくしゃみで中断されてしまった。

「ほら言っただろ」

「あは…」

 わたしは碇君に顔を向けると、照れ隠しに笑顔を浮かべた。

「車に戻ろう?」

「ええ」

 見晴らし台の奥の駐車場に車が一台停まっている。

 運転席にはおかあさんがいるはず。

 車に戻りかけたわたしが碇君に目を向けると、逆に碇君がくぼ地に目を向けていた。

「碇君?」

「あ、ああ。ごめん」

「思い出してるの?」

「いや、よくわからないんだけど…」

 碇君は首を振りながら戻ってくる。

「憶えているわけじゃないんだ。でも、なんだか懐かしく感じて…」

「そうね」

 わたしも背後に目を向けた。

 荒涼としか言いようのない光景。

 でも、奇妙に心を揺さぶる光景。

 わたしの欠けた記憶が埋まっているであろう場所。

 でも、その記憶を掘り出そうとは思わない。

「行こう?」

 碇君がコートのフードを立てながら言う。

「風が冷たくなってきたよ」

 わたしも碇君のまねをして、コートのフードを頭にかぶった。

 駐車場に向けて歩き出したわたしの目の前を、白い小さなものが横切っていった。

「?」

「ゴミ?」

 気がつくと、その白いものは後から後から飛んできていた。

 何気なく手を出してみると、白いものは手のひらにくっついてすぐに溶けてなくなってしまった。

「冷たい?」

「レイ、これって…雪かな?」

「雪?」

 本では読んだことある。

 空気中の水分が凍ってできるもの。でも…。

「きれい」

 空から降ってくる雪は白い幻のようにも見える。

 地面に着くとすぐに溶けてなくなってしまうのが、悲しくも思えるけど。

「これってやっぱり雪だよ」

 碇君が手を広げながら言う。

「へえ!初めて見たな!」

 碇君はなんだか嬉しそうに手で雪をつかまえようとしている。

 その様子は、とても楽しそうで、わたしまで嬉しくなってしまった。

 碇君は頭に雪がくっつくのも気にせず、フードをのけると空に顔を向けている。

 口を開けて、…雪を食べようとしてるの?

「だめよ、汚いわ」

「どうして?」

「雪って、空気中のゴミを中心にして固まるよの」

「そうなんだ」

 碇君は残念そうな顔をしている。

「こんなにきれいなのに」

「碇君、子供みたい」

「悪かったね」

 碇君はすねたような顔になった。

「ごめんなさい。怒った?」

「怒ってないよ。行こう?」

 碇君が手を差し出してくれる。

 わたしはその手を握り返すと、車を目ざして歩き始めた。

 後で、その日がセカンドインパクト以後、初めて第三新東京に雪が降った日のことだと知った。

 

***

 

「気は済んだかしら?」

 車に戻ると、おかあさんが待ちくたびれたような顔をしていた。

「うん」

「すみません、わがまま言って」

「いいのよ。あなた達にとっても大事な場所だったんだから」

 おかあさんは駐車場の車から出てこなかった。

 寒いから、と言っていたけれど、口実だろうと思う。

 車の窓からも盆地の様子は見えたし、ずっと感慨深そうな顔をしていたから。

「さあ、雪がひどくならないうちに山を降りるわよ」

「はい」

 おかあさんは、車のエンジンをスタートさせるとハンドルを回しはじめた。

「あなた達は雪を見るのは初めてかしら?」

「はい」

「おかあさんは見たことあるの?」

「あたしはセカンドインパクト前の生まれよ」

 おかあさんは笑いながら言った。

「昔のことは憶えてるのね」

「なんだか引っかかる言い方ねえ、レイ?」

「そ、そんなことないわ。気にしすぎよ」

「どうかしら」

 車は箱根の外輪山を登っていく。

「明るいうちに家に着ける?」

「そうねえ。暗くなるかもしれないわね」

「ごめんなさい。寄り道したいなんて言い出して」

「いいのよ」

 運転席のおかあさんの表情はわからない。

「こんなことでもないと、ここへは来られなかったでしょうから」

 今は立入禁止区域となっている場所。

 それが第三新東京跡だった。

 わたしが無理を言って、寄ってみたいと言い張ってしまったから。

 おかあさんは顔をしかめながらも電話で許可をもらってくれた。

 でも、わたしは家に帰る前に一度だけ見ておきたかった。

 今は失われてしまった、わたしの記憶が眠っている場所を。

 

***

 

 第二新東京へ入った時には、あたりはすっかり暗くなっていた。

 途中で夕食を食べたりしていたせいもあるのだけれど。

 碇君を降ろすため、マンションの前で車が停まる。

「どうもありがとうございました」

 車から降りた碇君はそう言って頭を下げていた。

「いいのよ。でも、本当に一人で大丈夫なの?」

「大丈夫です。一人暮らしには慣れてますから」

「そう?何かあったらすぐに連絡してね」

「はい。ありがとうございます」

「碇君、明日は学校へ行くの?」

「うーん、どうかな。片づけなんかもしなくちゃいけないし」

 ちょっと残念だった。せっかく学校へ行っても、碇君に会えないなんて。

「学校には行きなさい」

 おかあさんはたしなめるような顔で言った。

「全然行ってなかったんでしょう?」

「は、はい」

 碇君は困ったような顔をしてる。

「片づけなら、学校から帰ってからでもできるわ。人手なら…」

 なぜか、おかあさんはわたしの顔を見ながら言った。

「こちらからも出すから」

「え?」

「レイ、あなた、明日シンジ君の手伝いに行きなさい」

「ええっ?」

「いいわね?」

「うん!」

 そう言ってから、わたしは顔が熱くなってしまった。

 碇君も少し赤い顔をしている。

「あ、で、でも…」

「あら?レイじゃ役に立たないかしら?」

「いっ、いえ。そうじゃなくて…。悪いですから」

「遠慮しなくていいのよ」

「でも、レイのケガはまだ治りきってないし」

「平気!」

 確かにわたしはまだあちこにち包帯を巻かれたままだけど。

 眼帯だって取れたし、もうほとんどどこも痛くないし。

「でも…」

「レイのこと、嫌いなの?」

「そ、そんなこと…」

 碇君は真っ赤になってしまった。

「じゃ、いいわね。決まり」

 おかあさんは、にんまりしてるみたいだったけど。

 嬉しかったから気にしないことにしよう。

「そうそう、シンジ君」

「はい?」

「あの話、考えてもらえたかしら?」

「は?!あの…」

「できれば良い返事をもらいたいんだけど?」

「でっ…でも、いいんですか?」

「もちろんよ。レイも心待ちにしてるし」

 おかあさんが何を話しているのかわかって、わたしは顔が熱くなってしまった。

 

***

 

 あの日、病室でわたしの提案を碇君は驚いたような顔で聞いていた。

「ちょ、ちょっと、レイ…」

 碇君は真っ赤になって困り切ったような顔をしていた。

「だめ?」

「だ、だめじゃないけど、赤木博士がなんて言うか…」

「おかあさんにはわたしからお願いしてみるわ。でも、その前に碇君に聞きたかったの」

「す、すぐに返事しなくちゃだめ?」

「そんなことはないけど…」

 本当はすぐに返事が欲しかった。

 でも、碇君にも事情はあるし。

「じゃ、じゃあ二三日時間をくれないか?」

「え、ええ」

「それまでに決めるから」 「ええ」

 碇君は冬月さんやお父様と相談したらしかった。

 

「赤木博士も同居するならいいだろうって」

 碇君がそう言ってくれたとき、わたしは嬉しくて飛び上がりそうになった。

 おかあさんに碇君と三人で住みたいって頼んだら、呆れたような顔をされたけれど。

「わかったわ。シンジ君がいいなら、そうしましょう」

 おかあさんがそう言ったとき、嬉しくておかあさんに抱きついてしまった。

 そして、三人で第二新東京へ戻ることになったのだけど。

 

***

 

 碇君はなんだか困ったような顔をしている。どうして?

 おかあさん、何の話をしてるの?

「あら、単に同居するだけよ。それとも、何か問題でもあるの?」

「でっ、でも、やっぱりまずいんじゃ…」

 碇君は真っ赤な顔でうろたえてる。

「おかあさん、何を話してるの?一緒に住むのが問題なの?」

「ええ。ちょっとね」

「どういうこと?」

「後で教えてあげるわ。シンジ君の…」

 おかあさんはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。

「返事を聞いてからね」

 なんだかいやな感じ。

 おかあさんに隠し事されるなんて。

 それも、なんだか楽しんでるように見えるし。

「あ、あの。今返事しなくちゃだめですか?」

「なるべく早く返事は欲しいわ。あたしにも支度があるから」

「はあ…」

 碇君は顔を赤くして困ったような顔でわたしの顔を見てる。

 わたしに関係することなの?

「おかあさん、教えて」

「それじゃ、明日の夜にね。それでいいかしら?シンジ君」

「はい…、あの…」

「何かしら?」

「あの、えっと…、その…、い、今」

「?」

「今返事します」

「無理しなくてもいいのよ」

「いえ。ずっと考えてましたから」

「そう。それで?」

「ぼ、僕としては…、その、それでいいと思います」

「そう、よかったわ。ありがとう、シンジ君。レイを、よろしくね」

「は、はい」

「レイ」

 おかあさんは、にこにこと笑っていた。

「シンジ君からオッケーが出たわ。あたし達、これから家族になるのよ」

 

***

 

 車を降りて、懐かしいアパートに向かう。

 もっともわたしの頭は混乱したままだったけれど。

「おかあさん、どういうことなの?碇君が家族になるって、どういうわけなの?」

 わたしは車の中からずっとそう問い続けてきたのだけれど。

「家に着いたら話すわ」

 おかあさんはとり合ってくれなかった。

 わたしは気ぜわしく玄関ドアを開けると、キッチンに駆け込んだ。

「着いたわ。早く教えて!」

「はいはい。レイも気短かなのね」

 おかあさんはあきれ顔でダイニングの椅子に腰を降ろしながら言った。

「だって、ずっともったいぶってるんだもの」

「はいはい」

 お母さんはコンロにケトルを仕掛けるともう一度ダイニングの椅子に腰を降ろした。

「レイ。こっちへ来て座りなさい」

 わたしはおかあさんの向かいに腰を降ろした。

「…」

 おかあさんは少し迷っているようだった。

「早く」

「どこから話すか考えていたの」

 おかあさんはなぜか少し赤い顔をしていた。

「シンジ君の父親のことは憶えている?」

「ええ」

 わたしは病室で会った碇君のお父様のことを思い出していた。

 厳しいことを言う人だったけれど、どこか寂しさを漂わせた人。

「あの人のお世話をしようと思うの」

「おかあさん、碇君のお父さんと結婚するの?!」

 わたしはびっくりして大声を出してしまった。

「それは無理よ」

 おかあさんは少し寂しそうに笑った。

「そうお願いもしたけど、断られたわ」

「おかあさん…」

「でも、身の回りの世話とかはさせてもらうことになったわ」

 おかあさんは嬉しそうに言った。

「そう…」

 そうすると、おかあさんはあの人のいるところへ行くつもりなんだろうか?

 だとしたら、わたしはどうすればいいのだろう?

 せっかくおかあさんと碇君と三人で住めると思ったのに。

「近々退院できるそうだし、そうしたら一緒に住もうと思うの」

「おかあさんがそれでいいなら…」

 わたしは碇君のことを思っていた。

 これでは、碇君と一緒に住めなくなってしまう。

「不満そうね?レイ」

「そんなことないわ」

「そうかしら?この町を離れたくないって顔に書いてあるわよ」

「そんなこと…」

「シンジ君がいるからね?」

「…」

 わたしはうつむいてしまった。

「あの人、ゲンドウさんが退院したらあたしはNERVの近くに家を借りるわ」

「…」

「一応、あたしはNERVの技術顧問ってことになってるし」

「でも…」

「そう。後することは後始末だけよ。終わったら、また職探しね」

 NERVは解体するって聞いていた。でも、何らかの形で存続するらしいことも聞いてる。

「ゲンドウさんはあそこから動けないし。あたしは何かと忙しくなると思うの」

 仕事に介護にするなら確かに忙しくなると思う。

「だから、レイとは別々に住もうと思うの」

 わたしは顔を上げた。

「どういうこと?わたし一人でここに残るの?」

「それじゃ心配でしょ。いろいろ不都合もあるし」

「…」

 わたしは奇妙な期待に胸が高鳴っていた。

「だから、レイ。シンジ君と一緒に住んでもらえないかしら?」

 その瞬間、わたしの顔はかあっと熱くなってしまった。

「ええっ?!で、でも…」

「あら、何か問題があるの?」

「そ、そんなこと言ったって、碇君と二人で?ふ、不謹慎じゃないの?」

「あら、あなたたちは兄妹になるのよ。兄妹が一緒に住んで何か問題があるの?」

「そっ、そんなこと言ったって…。さっきおかあさん、結婚はしないって言ったじゃない」

「籍は入れないわ。すぐにはね…」

 おかあさんはにまっと笑った。

 なんだかすごい笑い方だったけど、初めて見たような気はしなかった。

「お、おかあさん?」

「必ず籍は入れさせるわ」

「おかあさん?」

「…?!」

 おかあさんはあわてて取り繕ったような顔になった。

「そ、そういうことだから、レイとシンジ君が一緒に住んでも問題はないのよ」

「そ、そう…?」

 なんだか、ものすごいこじつけのような気もするけど。

「いいわね?レイ」

「で、でも…。わたしと碇君は血は繋がってないのよ」

「だったら、大きくなったら結婚できるでしょ?」

 おかあさんの言葉に、顔がものすごく熱くなってしまった。

「そ、そんなこと…」

「その可能性もあるってこと。どう?いいわね?」

「…」

「それとも、嫌?」

「…」

「嫌ならシンジ君に断らないと。シンジ君はオッケーしてくれたのに」

 そ、それで碇君はあんなにうろたえてたのね。

「レイ?」

「い、いいわ…」

 わたしはおかあさんの顔を見つめた。

「わたし、碇君と一緒に住むわ」

 

***

 

 久々に学校へ行ったわたしは、クラスメートの何人かに質問責めにあってしまった。

 そんなことは予想していなかったのだけど。

 わたしの腕に巻かれた包帯を見てひどく同情する子もいて、とまどってしまうほどだった。

 どうやらわたしは事故に遭ったことになっているらしかった。

「ふう…」

 授業が始まって、ようやくごたごたから解放されることができた。

 そっと碇君の様子をうかがってみる。

 碇君はおかあさんの言いつけ通り、学校へ出てきていた。

 正面を向いておとなしく授業を聞いている。

 わたしは頬が熱くなってくるのを感じて、あわてて目を正面に戻した。

 ど、どうしよう?

 わたしは顔を俯けると、顔を人に見られないように小さくなった。

 碇君と一緒に住む?

 ゆうべは勢いで承諾してしまったけど、今になって恥ずかしくなってしまった。

 でも、もしそうなれたら…。

 朝になると、朝食の支度をして碇君を起こしに行くわけね。

 だめ…。

 そんなことを考えたら、もっと顔が熱くなってきてしまった。

 あ、でもわたしは低血圧気味だから朝はなかなか目が醒めないし。

 いえ。がんばって起きるわ。

 碇君のためだもの。

 そんなことばかり考えて、結局少しも授業に身が入らなかった。

 

***

 

 放課後、帰し支度をしているわたしに碇君が近づいてきた

「あの、レイ…」

 碇君も少し赤い顔をしていた。

 そんな碇君を見て、わたしも顔が熱くなってきてしまったけれど。

「なに?」

 なんとか冷静な声を出せて、少しほっとすることができた。

「あ、あの…。ちょっといいかな?」

 わたしはこっくりと頷くと、席を立った。

「あ…?」

「行きましょう?帰りながらでいいでしょう?」

「あ、うん」

 クラスの何人かがわたしたちのほうを見ながらくすくす笑っていたけれど。

 気にしないことにしよう。

 

***

 

「あ、あのさ、レイ」

 学校からの帰り道、そろそろ碇君の家が近くなってようやく碇君が口を開いた。

 それまで、なぜだかお互いに気まずくて何も話せていなかった。

 目の前に見覚えのある碇君の家のマンションがある。

「赤木博士から聞いたと思うけど、その…」

「ごめんなさい。迷惑じゃなかった?」

「そ、そんなことないよ!た、ただ、レイは嫌なんじゃないかって…」

 わたしはふるふると首を振った。

「わたし、すごく嬉しい。碇君と一緒に住めるなら…」

「あ、で、でも、僕も男だし…。な、何か間違いがあると…」

「…」

「ご、ごめん!やっぱり嫌だよね?」

「わたしと、間違い?」

「だ、だからつまり…」

「間違いなの?」

「え?」

 碇君はぽかんとした顔でわたしを見つめていた。

「碇君が言ってるのは、碇君がわたしを…。その…」

「ご、ごめん!」

「…わたし、かまわない」

「ごめ…え?」

 碇君はわけがわからないという顔をしていた。

「碇君が私を望んでくれるなら…、わたし、それでもいい」

「でっ、でっ、でも…」

「碇君になら、いいと思う」

 そう言ってわたしは顔をそむけてしまった。

 また顔が熱くなってきてしまったから。さっきよりもずっと。

「ほ、ほんとに?」

 わたしは顔をそむけたままこっくりと頷いた。

「レ、レイっ!」

「きゃ…」

 いきなり碇君に抱きつかれて、わたしは小さく悲鳴を上げてしまった。

「け、結婚してくれないか?!あ、す、すぐにってわけじゃないんだ。できる年になったら…。だから…」

 碇君の言葉をわたしはぼうっと聞いていた。

 抱きしめられただけで、わたしは身体じゅうまでかあっと熱くなってしまっていたから。

「お、お願いだよ!」

 反射的にわたしは小さく頷いていた。

「ほ、ほんとに?!」

 さっきよりはっきりと頷くことができた。

「や、やった!」

 碇君はわたしを抱きしめたままぴょんぴょんと飛び跳ねた。

「あ、あの…」

「ありがとう!ありがとう、レイ!」

 碇君に抱きしめられて、身体がふわふわと浮きあがるような心地を味わっていた。

「レイ、レイ!大好きだ!」

「…碇君、わたしも好き」

 わたしはようやくそれだけを言うことができた。

 何事かと振り返る通行人たちの中で、碇君はいつまでもわたしを抱いたまま飛び跳ねていた。

 

 夢のような時間。

 でも、わたしにとって一生の宝となる時間だった。

 

    おしまい
 

Copyright by ZUMI
Ver.1.0 2001.01.18

  しばらく間があいてしまいましたが、後日談をようやく仕上げることができました。
  レイの提案は思いもかけない成果を引き出すことができたようです。
  レイの幸せを願って、このお話を終えることにします。

  いつか、数年後の二人を描けるといいですね。