『Days of After 〜レイ〜』
  Vol.8 


 

 わたしたちを乗せた車は郊外へ出た。

 てっきり市内のどこかに行くのだとばかり思っていたのだけれど。

 そう言えば、お母さんは戻れなくなるかもしれないようなことを言っていた。

 どこか、遠くへ行くのかもしれない。そう思うと少し不安になってしまう。

 わたしは隣の席に座ったお母さんに目を向けてみた。

 お母さんは目を閉じて内心をうかがわせない表情をしている。

 わたしはそっとため息をついて窓の外に目を向けた。

 車は夜の高速道路をひた走っている。

 ところどころに明かりが見えるほかは、とっぷりと闇に沈んでいる。

 遠くに山影が見えるところをみると、平野部の道らしい。

 第二新東京からつながっていて平地を走る道っていうと…。

「行く先が気になるのか?」

 わたしの隣に座っている男の人が声を出した。

 わたしは男の人の顔に目を向けたけれど、男の人はなんの表情も浮かべていなかった。

 まるで無表情だったので、むっつり押し黙っているばかりだと思っていたけれど。

「着けばわかる。きょろきょろしなくていい」

 わたしは前に向き直って、小さく肩をすくめた。

「レイ。心配しなくていいわよ」

 おかあさんが目を閉じたまま言った。手を伸ばしておかあさんの手に触れる。

 おかあさんはわたしの手を握り返してくれた。

 なんだかそれだけで安心できたような気がする。

 でも、わたしもしっかりしなくちゃ。

 わたしがおかあさんを守るって決めたのだから。

 前の助手席に座っていた青葉さんはわたしたちをちらっと振り返ったけれど、何も言わなかった。

 

***

 

 車がは一時間くらい走り続けたと思う。

 気がつくと、目の前に山かげが迫ってきていた。

 なんだか変な形をした山。三角形をした、ピラミッドみたいな形をしてる。

 ピラミッド?

 なんだか頭の奥がもやもやする。

 昔、どこかで似たようなものを見たことがあるような気がする。

 どこで?

 ……だめ。

 思い出せない。

 隣で息をのむ気配がした。

 おかあさんが身じろぎしたので、気配の元がおかあさんとわかった。

「おかあさん?」

「あ、なんでもないの…」

 でも、おかあさんは奇妙に動揺しているみたいだった。

 さっきおかあさんがしてくれたみたいに、おかあさんの手を握る。

 おかあさんがもう一度握り返してくれる。

 それだけで、なんだか嬉しい。

 車が前のめりになった。地下道へ入るのかしら。

 目の前にトンネルの入り口がぽっかりと口を開けているのに気がついた。

 ここが目的地なの?

 車は斜路をどんどん降りていく。

 

***

 

 駐車場で停まった車から降りたとき、足元がふらついてしまった。

「ここがそうなの?」

 おかあさんが青葉さんに問いかけている。

「はい。こちらへどうぞ」

 青葉さんは鉄製の扉へとわたしたちを案内した。

 青葉さんは片手をドア脇に当てている。

「セキュリティは以前に比べて格段に向上しています」

 青葉さんの言葉が終わらないうちにドアがするっと開いた。

「厳重なのね?」

「もうあんな思いは嫌ですから」

「…?」

 おかあさんと青葉さんのやりとりでは、なにもわからない。

 でも、何か大変なことがあったと受け取れるような口ぶりだとは思う。

 ドアの中は狭い廊下だった。突き当たりにまたドアがある。

 青葉さんは同じように手を当ててドアを開けていた。

 そんなドアが三カ所あって、その先にエレベーターホールがあった。

「どうぞ、こちらへ」

 エレベーターに乗り込むと、青葉さんは下行きのボタンを押した。

「こんなところに地下施設があるの?」

「大部分は地上施設です。地下にあるのは重要な部分だけです」

「そう」

 おかあさんはそれ以上聞かず、黙りこんでしまった。

 エレベーターはどんどん降りていく。

 なんだかずいぶん深くもぐっているような気がする。

 まわりのことがわからないから、よけいそう感じるのかしら。

 

***

 

 エレベーターを降りて、また少し歩いてドアをくぐる。

 中は意外にも広い部屋だった。

 中学校の体育館くらいあるかしら。いえ、もっとかも。

 ずらっと机とコンピュータが並んでいる。そして、たくさんの人たちが働いている。

 その向こうには大きな画面が壁にかかっている。なんだか映画館と勘違いしそうな部屋。

 でも、映画館とはぜんぜん違う。

 青葉さんは机の間の緩い登り階段を先に立って歩いていく。

「こちらへ」

 案内する青葉さんの後について歩くわたしたちに、あたりの人たちが目を向ける。

 そのうちの何人かは驚いたような顔をしている。

 おかあさんを見た人だけでなく、わたしに目を向けた人も。

 なぜ?

 この人たち、わたしを知っているの?

「お連れしました」

 青葉さんが立ち止まって誰かに話しかけている。

 その人は机に座って脇に立つ人と何か話しているところだった。

「おお、ご苦労」

 その人が青葉さん気付いて立ち上がる。

 痩せた髪の毛の白い男の人。もう、おじいさんと言ってもいい歳の人かもしれない。

「待っておったよ、赤木博士」

 そう言って男の人は手を差し出している。

「私をご存じなのですね?」

「ああ。無論だ」

 男の人とおかあさんが握手をしている。

「レイも元気そうだな」

 男の人はわたしにも目を向けながら言う。

 この人、わたしを知っているの?

 わたしは、憶えていないのに。

「レイもご存じだったのですね?」

「当然だろう」

 男の人はおかあさんとわたしを交互に見比べながら言った。

「自己紹介がまだだったな。儂は冬月という。ここの責任者をしている」

「冬月、さん?」

「副司令と言ったほうが通りが良いかもしれんがね」

「は?」

 おかあさんは怪訝そうな顔をしている。

「こちらの方にも申し上げてありますが、わたくしは過去の記憶をなくしております。ですから、何かのお役に立てるかどうか約束しかねます」

「わかっている。しかし、それはあまり問題ではない。幸い、ここには良い医療チームもいる。記憶を取り戻す手だては必ずあると信じとるよ」

「無理に思い出さなくてはならない記憶かどうか、定かではありませんわ」

 おかあさんはどちらかと言うとそっけない態度だった。

「ふむ。そうかもしれん」

 冬月さん?は特に気分を害した風でもなかった。

 ただ、一回顎をなでただけだった。

「わたくしにどのような用向きなのか、お教え願えますでしょうか?」

「ふむ。さっそくか。相変わらず気が短いとみえる」

「時間を無駄にしたくありませんので」

「いや。そういうところは昔と変わらんようだ」

 おかあさんは少し眉をひそめたみたいだった。

「よかろう。説明をするとしよう。青葉君、ご苦労だった。さて、こちらへ来てくれんか」

 冬月さんは先に立って歩き出した。

 

***

 

 案内されたのは会議室みたいなところだった。

 大きなテーブルが一つに、まわりに椅子が並んでいる。

「ふむ。まずは掛けてくれ」

 冬月さんは自分も椅子に座ると、テーブル脇のスイッチを押した。

 すると、壁がするすると動いてスクリーンが現れた。

「いろいろ話をするより、見てもらったほうが早いと思うのでね」

 おかあさんは黙って先を促した

「まず、これを見て欲しい」

 画面に荒れ果てた光景が映し出される。

「これは?」

「かつて第三新東京と呼ばれた街のなれの果てだよ」

 冬月さんの言葉に、わたしもおかあさんも声を失った。

 そこに映し出されたのは、徹底した破壊をしつくされたビル街の跡地だった。

「これは?いったい?第三新東京は噴火の被害を受けたのではないのですか?」

「ふむ。公式にはそうなっている。次に見て欲しいのはこれだ」

 画面が変わる。

 なんだかものすごく大きな穴が地面に開いているように見える。

 穴の脇にあるのは、ビルの残骸だから間違いないと思う。

「これは?」

「ジオフロントの跡だよ」

「ジオフロント?」

「そう。かつて、ネルフ本部があったところだ」

「あった、と申しますと?」

「すでにあそこは破棄されている。破壊がひどすぎるのでな」

「火山の噴火のためではありませんね?」

「見てのとおりだ。噴火のためではない」

「では?」

「戦争だよ」

「「戦争?」」

 思わずわたしも声を出してしまった。

「そう。戦争と呼んで差し支えあるまい。われわれ人類の存続を賭けた、な」

「そんな戦争があったとは報道されておりませんが?」

「政府がひた隠しに隠しておるのだよ。政府だけではない。事実を知る者はみな口を閉ざしておる」

「それをなぜわたくしに?」

「赤木博士はその当事者だったのでな」

 おかあさんが息を呑む気配がした。

「おかあさん?」

 おかあさんは何かに必死に耐えているみたいだった。

 両手を重ねてぎゅっと握りしめている。

 その手の上にわたしは自分の手を重ねた。

「だいじょうぶよ。レイ」

 おかあさんは気丈な笑顔を見せてくれた。

 冬月さんは、黙ったままだった。

「先を続けていただけますか?」

「よかろう」

 冬月さんは画面を切り替えた。

「ロボット?」

 画面に紫色をした人形のロボットが映っている。

 ロボット脇に立って歩いているのが人だとすると…、とんでもなく大きなロボット。

「人造人間エヴァンゲリオン。我々の決戦兵器だった」

「人造人間、ですか?」

「ああ。中身はバイオテクノロジーで復活した超古代の生物だ」

「生物?これが?」

 わたしにはどうしてもそうは思えなかった。全身を鎧みたいなもので覆われた、なんだか禍々しい存在。そうとしか思えない。

 でも…。

 わたしはいつの間にか、かたかたと震え始めていた。

「このエヴァを使い、人類を絶滅せんとする敵と戦ってきた」

「な、なんだか悪い冗談みたいですわね」

「冗談なら良いのだがね」

 冬月さんは画面を切り替えた。

「これは?」

「我々が『使徒』と呼んでいた敵だ」

 画面に映ったのは、かろうじて人間と近い形をした何か、だった。

 なんだか趣味の悪い人形のようにも思える。

 でも、人形でないことは、そのモノが軍隊と戦っていることから明らかだった。

 それに、やっぱりものすごく大きい。

「見てのとおり、通常兵器ではまったく歯が立たない。エヴァだけが『使徒』を倒すことが可能だった」

「結局、負けたのですか?」

「負けたら我々は生きてはおらんよ」

「では?あの惨状は?」

「使徒には勝ったが、人間に負けた」

 冬月さんは苦々しげにそう言った。

「人間に、ですか?」

「人類を膝下に敷こうとする組織があってな」

「出来の悪いアクション映画みたいですね」

「そうだな。たちが悪いのは、彼らは自分たちが正義であると確信していたことだ」

「狂信者にはよくあることですわ」

「そうだな。だが、各国政府や国連軍まで動かせる力を持っているとなると、冗談ごとでは済まない」

「本当だったのですか?」

「事実だったよ」

 冬月さんの言葉はどうしようもないほど苦かった。

「負けたのなら、なぜ?」

「ここにいるのか?ということだな。負けた、と先ほど言ったが、正確にはかろうじて持ちこたえたと言っていいだろう」

「撃退したのですか?」

「犠牲は大きかったがね」

 冬月さんはまた画面を切り替えた。

 空を飛ぶ、鳥?

 いいえ、違う。白い翼はあるけれど、あれは…。

「これは?」

「量産型エヴァンゲリオン。敵が最後に使用した武器だ」

「まさか…」

「そのまさかだよ。彼らはどんな手を使ってでも我々を皆殺しにしようとした」

 わたしは冬月さんの声が耳に入ってこなくなっていた。

 空を舞う白い死神。

 それがわたしの受けた印象だった。

 ひっきりなしに震える自分の身体を押さえるために、わたしは両手で自分の身体を抱きかかえなくてはならなかった。

 あまり成功はしなかったけれど。

 でも、ほかにどうしようもない。

 わたしは歯を食いしばってこみ上げてくる不快感に耐えるしかなかった。

「…レイ?」

 声をかけられて、はっとなった。

 おかあさんが心配そうな顔でのぞきこんでいる。

「どうしたの?気分悪いの?顔色悪いわ」

「平気…ちょっと気持ち悪いだけ」

 目を上げると、画面が目に入ってきた。

 エヴァ同士の凄惨な戦闘場面が。白いエヴァに取り囲まれた、赤いエヴァ?

 それを見たとたん、わたしの意識はふっと途切れてしまった。

 

***

 

「レイ、レイ…」

 誰かがわたしの名前を呼んでいる。

 目の前にぼんやりした人の姿。

「おかあさん?」

「だいじょうぶ?レイ」

「ええ、平気」

 なんだか変。おかあさんがよく見えない。

「だいじょうぶ?貧血かもしれないわね。どこかで休ませてもらいましょう」

「だいじょうぶ」

「冬月さん。お話はだいたいわかりました。とにかく、レイを休ませたいのですが、よろしいですね?」

「ああ、かまわんよ。今、部屋を用意させよう」

「ありがとうございます。レイ、歩ける?」

「ええ」

 わたしはふらふらしながらも身体を起こした。

 でも、変。

 おかあさんの顔はぼやけてる。

「ふむ。変装だったのだな?」

「レイ。コンタクトがずれてるわ」

 おかあさんの言葉に、視界がぼやけている理由がわかった。

 きっと、無意識に目をこすってしまったのね。

「そろそろ時間だからコンタクトを取ったほうがいいわね」

「はい」

 おかあさんがわたしのコンタクトを外してくれる。

「レイ。昔と同じ目の色なのだな。では、髪の毛も?」

「ええ。染めています。この子は普通の生活をして欲しかったですから」

「ふむ。それができるならな…」

 この人、何を言ってるの?

「さあ、レイ。行きましょう?」

「ああ、案内を呼ぼう。少し待ちたまえ」

 冬月さんはどこかへ電話をしているようだった。

「ああ、私だ。第一会議室へ来てくれ。客人の客室への案内を頼む。ああ、きみにだ」

 おかあさんはわたしの額を触ってくれたりしている。

「もう休んだ方がいいわね。歩けそう?」

「歩けるわ」

 立ち上がってみると、少しふらつくけどなんとかなりそう。

「では、少し待ってくれたまえ」

 少しすると、ドアが開いて人影が入ってきた。

 まだ若い感じの女の人。

「ああ、伊吹くん。客人の案内を頼むよ」

 伊吹さん?と呼ばれた女の人は、おかあさんを認めると息を飲んだ。

「…先輩!」

 

   続きます
 

Copyright by ZUMI
Ver.1.0 2000.5.30

  冬月の語るサードインパクトの真相とは…。
  レイにはいったい何があったのか。
  シンジは、そしてアスカはどうなったのか。
  ようやく謎が少しずつ明らかになっていきそうです。