満天の星空。いいもんだ。こうして、都会の夜空を見上げて、星があるってのも、
新月の今夜ならではのことだ。そもそもこんな夜中に安心して星空を見上げながら、
夜道を歩くのも、ひと月ぶりのことだ。今夜はいつになく体調もいいし、気分も・・・

「アイツが部屋で待ってるんでなければなぁ・・・」

気持ちよく、星空を見上げながら歩くマンションへの帰り道。
俺は、ふと、自分の部屋で待っているであろうアイツのことを思い出し、
いや、なんとか思い出さないように頑張っていただけで、実は、昼間から
ずっと、気にはなっていたのだが。とにかく、不覚にも夜空の輝く星の間に、
ふと、アイツの顔が浮かんで・・・・

「いんのかなぁ?やっぱり・・・案外、いなくなってたり・・・
そうだ!きっと、いなくなってるに違いない!」

などと・・・いうことは、ほぼ有り得ない。いや、ないわけではないだろうが、
でも、アイツが俺の部屋に居座る理由がないのと同様に出て行く理由もありは
しないのだから。

いくらアイツに会いたくないといっても、あそこは俺の部屋だ。帰らない理由はない。
明日だって、仕事はあるのだし、夜はきちんと睡眠をとらなければならない。

別に寝るだけなら、それこそ、駅前のサウナであろうが、カプセルホテルであろうが、
いくらでも寝られない訳ではないのだが、しかし、俺の家はあそこなのだ!
たかだか、小娘ひとりに脅えて部屋を明け渡したとあっては、男がすたる!

「はぁ、しかし、自業自得って奴なのかなぁ?
しかしなぁ・・・遠目にはわかんなかったからなぁ・・・
あんな・・・・・・お嬢ちゃんとは・・・」

俺は、ため息を漏らしながら、再び夜空を見上げる。
あんなに清々しく気持ちよく輝いていたはずの星の瞬きが、
すべて、あのオンナのウインクに見える・・・


    ◇  ◇  ◇


「ちょっと、ひつこいわね。さっさと、消えてよ。いやらしいわね」
「おいおい、そりゃあねぇだろ?そっちから、迫ってきたんじゃねぇか。
なあ、最後までつきあいなよ」

「アタシは嫌だっていってるでしょ!女だからって舐めないでね」
「へへへ、その勇ましそうな所もなかなか可愛いじゃん。舐めちゃいたいな」

「ちょっと!やめてよ!」
「いいじゃねぇかよぉー」

あーあ、聞こえてるんだよな・・・どうしたもんだろうねぇ?

やっぱ、正義の味方の真さんとしては、颯爽と登場して、
一撃でチンピラをのしたのちに、

『お嬢さん、お怪我はありませんか?』

と、来て、んで、

『ありがとうございます。せめて、お名前を』

と、来りゃあ、すかさず、

『いえ、なるほどのものでは』
『そんな、危ないところを助けて頂いて、是非にもお礼を・・・』

『分かりました。それ程おっしゃるんでしたら、何か事情でもおありのご様子ですし、
私の家がすぐそこですから、お茶でも飲みながら、お話でも聞かせて頂けますか?』

てな感じで、さりげなく、腰にでも手をまわし・・・

『それにしても危ない所でしたね。少し、お酒でも飲んで気を落ち着けられるといい』

かなんかいって、彼女をソファーに座らせると、
濃い目のブランデーかなんかのグラスを勧めつつ、隣に腰をおろす。
ブランデーを飲みながら、彼女は静かに身の上話を語り出す。
俺は、彼女の瞳を見つめながら、安心させるように、微笑みかける。
すると、彼女を頬をぽっとピンクに染めながら、俺の顔を見つめて、

『なんだか、わたし、少し酔っ払ってしまったみたいだわ』
『今夜はもう遅いから、泊まっていったらいい』

俺は、彼女の肩を抱きかかえながら、そう答える。

『そうさせて頂けますかしら?』

彼女は、俺の胸に頭を埋めながら、つぶやくように答える。

「・・・ってな感じでぇ・・・おいおい、ちょ、ちょっと・・・」
「なんだよ。てめえ!邪魔する気か!」

「いや、別に、俺は・・・おい、ちょっと、どういうつもりだ。こらっ」
「いいから!今晩、アンタんとこ泊まってあげるから、助けなさいよ!」

「なっ・・・」

絶句する俺の周りを女はチンピラから逃げ回り。俺は女に引き摺り回されるように
うろうろと、女とチンピラの中間地点をぐるぐると回転させられる。

「この野郎、うろちょろと・・・おいっ!貴様、どーゆーつもりだ!」

いやでもなんでも、俺はチンピラと女とに挟まれ、どうしても、チンピラと目が合って
しまう。チンピラもダンダンといらいらしだして、頭の先から湯気でもあがってきそうな
ぐらいに、顔を赤くして、俺を睨む。

うーむ、こういう輩と睨めっこというのも、あまり良い趣味とはいえないなぁ。

  バキッ

「うっ」

  ドスッ

  ドタッ

まったく、簡単なもんではあるんだけど、こういうのは、あとが面倒なんだよなぁ。
こいつ、裏とかもってねぇだろうなぁ?
俺は、地べたに横たわったそいつの体を足を使って裏返す。
とりあえず、見ない顔だな。まあ、大丈夫だろうな。たぶん。
では、まあ、シナリオ通りに・・・

「お嬢・・・ちゃん?」

ありゃま。こりゃあ、どーみても・・・

「何よ?その顔は?」
「いや別に・・・ふぅ・・・しかたない。それじゃあ、送ってあげるよ。家は?」

「家ぇ?そんなものないわよ。さっ、イキマショっ!」

14,5の小娘、俺の左腕に両手を絡めると俺を引っ張るように歩き出す。

「お、おい。行くって、どこいくんだよ」
「うふふふふ、言ったでしょ?」

今までの、口調とはガラリと変わって、娘は、唸るような艶めかしい低音で、
振り向きもせず、答える。俺は、その声に少し怯みながらも、更に問いただす。

「な、なんだよ。突然、気味の悪い声なんか出しやがって、ガキがそんな声だしても、
イロっぽくもなんともないぞ。で、どこいくって?」

娘はニヤリと微笑みながら、振り返る。
先ほどまで、普通に、すこし色素が少ないだけに見えた茶色い少女の瞳が、
何故か真っ赤に染まり、俺の顔がそこに映る。ゆらゆらと、燃えるように、
揺れる瞳に映った俺の姿。だんだんと、俺の実体が薄れていく。

「アナタノウチヨ」

「・・・はい。こちらです」

おいおい、俺って、いったいどうしたっていうんだ?
この娘に見据えられ、俺は、俺の自我って奴は、いったいどうなってしまったのだ?

俺は、赤い瞳の少女のいうがままに、少女をマンションに案内し、
部屋へ招き入れる。

俺は、放心したように、ベッドに腰を下ろし、目の前にたった真っ白な少女を
見つめる。

少女の胸元のボタンがひとつひとつ外れていく。
少女を包んでいた布が一枚一枚はがれていく。

美しい。

これが、真の美。

「ふふっ、いいわね?」

少女の微笑みに、俺はコクリと肯く。

少女の細いしなやかな手が俺の肩に伸びる。

少女は優雅に首を傾けて、俺に迫る。

その鮮やかに赤い口元に白い尖った八重歯がひかる。

俺の頭の中のイメージ画像。俺の首筋に刺さる少女の美しい八重歯。
みるみると血の気の失せていく俺の顔。真っ赤な血を滴らせながら、ニヤリと
微笑む少女の姿。

至福の時。

俺は、感情の篭らない笑みを浮かべて、少女を受け入れる。
少女の牙が俺の首筋にあたる。

「オエッ、なにこの血!?」

少女は、突然にそう叫ぶを俺を突き飛ばすように、俺から飛びのいた。
その瞬間、俺の頭の中を渦巻いていたぼんやりとしたイメージが崩れる。
戻ってきた俺の実体。目の前では、全裸の少女が奇妙な怪物でも見るような目で
俺を見ている。

「アンタ、なにもの?人間じゃないわね!」
「で、アンタは、吸血鬼なわけね・・・」

俺は、それに答えずに、呆れたように・・・実際、まんまと引っかかってしまった
自分に半分呆れながら、つぶやく。

「そうよ。で、どーしてくれるのよ!」
「どうするって、別に、どうするも・・・なにもするつもりはないけど」

「違うわよ!アンタ、アタシのヌード見たじゃない!」
「ああ・・・そういえば、見てるな」

見たじゃないというか、今現在だって、目さえ開けてれば、嫌だって、目に飛び込んで
くる状況だからなぁ。

「きゃっ!」

俺の視線から、自分のおかれている状態に改めて気づいたように、少女は、
胸を隠しながら、座り込み、周りに散らばった衣服を手繰り寄せる。

「今更ながらだけど、なかなか女らしいじゃない?」
「うっさいわね!」

まあ、奇麗な外見は確かに見られなくはないし、こうして、真っ赤になってるとこ
なんか、なかなか可愛らしいなと思うけどね。

「ちょっと、いつまで、ただ見してんのよ!あっち向いてなさいよね!」
「へいへい」

俺の後ろでごそごそと少女は衣類を身につける。

「そろそろよろしいでしょうかね?お嬢様」


    ◇  ◇  ◇


「で、どうしてくれるわけ?」
「どうしてくれるっていわれてもなぁ・・・俺もこんなの初体験だしなぁ・・」

一人暮らしの男の部屋、吸血鬼の少女は、俺のベッドにちょこんと、膝に手をあてて
腰をかける。俺は、ダイニングにある冷蔵庫からビールを2本取り出して、
ベッドルームへ戻って、缶をひとつ差し出す。

「まあ、とりあえず、乾杯といこうか?」
「なにが乾杯なのよっ」

「仲間発見のさ。まっ、細かいことは、別に何もいわないよ。お互い苦労して、
なんとか今まで生き長らえてきたってことで」
「・・・で、乾杯?」

「そっ。嫌か?」
「まあ、いいわよ。とりあえず、それは、貰うわ」

「そうそう、とりあえず、ってのが、重要だよ。人生はね」
「なーにが、人生よ。ヒトデナシのくせに」

  パシュッ

「くぅ〜。しかし、ヒトデナシってのは、酷いな」
「だって、そうなんでしょ?」

「そりゃ、そーだけどね」
「ふふっ、そーなのよ。実際。今まで生きてきたってことはね」

  カツン

クスッと笑う少女と缶を軽く交わす。

どことなく、打ち解けあった雰囲気の乾杯。
俺は、ひとくちビールを飲んで、目の前の吸血鬼少女を眺める。

やっぱ、美人は美人なんだよな。
というか、そうだな・・・生きてきたってことは・・・さっきのような・・・
淘汰がかかるのも、分かるかな・・・だから・・・

「他に仲間は?」
「いないわ。あなたが初めてよ」

「そうか・・・」

俺が初めての・・・

「ふふ、なんだか、その言い方、妙にソソるけど」
「バーカ。で、そっちは?」

「俺も、ひとりだよ。100年ほど生きてきて、初めて仲間にあった。オマエは、
いつごろから、生きてるんだ?」
「アタシは・・・いいじゃない、そんなこと。それより、アタシ、名前あるんだから、
オマエなんて、呼ばないでよね。ずーずーしい」

「そりゃ、あるだろうな。でも、聞いてないからな」
「沙耶ってのよ。誰がつけてくれたのかも忘れたけどね」

「そっか、俺は、真。自分でつけた。ちなみにまだ言ってなかったけど、狼男ね」
「ふーん、あと、フランケンシュタインでもいれば、怪物くんトリオ勢揃いね」

「ははは、確かに。でも、ありゃあ、どっちかというと人造人間だしな」
「まっ、実在しないでしょうね。現代には」

「そりゃあ、分からんよ。実際、恐ろしげな研究は、あちこちでやってそうじゃん」
「バーカ。人なんて、そうそう簡単に作れるわけないじゃない。
それに、作れたとしたって、最近の話でしょ?アタシたちみたく、昔っから
不老不死で生きてきたってことは、ないわよ」

「不老不死か・・・」

たった、一杯のビールで、俺、もう酔っ払ったのかな?
なんだか、思考が、いつもと違って・・・・

いつだったかなぁ?老いが止まったのは・・・周りがどんどん年老いていって、
自分だけが歳をとらずに・・・段々とそこにはいづらくなってきて・・・
俺の・・・別れ・・・永遠の・・・

「なに暗くなってんのよ。バカ」
「沙耶は、最初、どうだった?最初に、不老不死を認識した時」

「んなもん、もう、とっくに忘れたわよ。生きてくのが精一杯でね」
「そっか・・・」

「死ねば?」
「え?」

突然、冷たい声で、そう呟かれて、俺は顔を上げて、沙耶を見つめる。

「バーカ。死に方は分かってるんでしょ?死ねるのよ。いつだって」

沙耶は、最後に残った缶ビールをすするように飲み干しながら答える。

「ほら、もう一杯よ。さっさととってらっしゃい」
「あ、ああ」

・・・確かにな。いつだって、死ねる。
ただ、死なないで、今、俺はこうして生きている。
それは・・・俺が今生きている理由・・・そんなものが・・・

「あるわけないじゃない。生きてるだけよ。それだけ」

沙耶がビールを受け取りながら、そういって微笑む。奇麗な笑顔。

「オマエ、俺より、かなり、年上だろ」
「バカネ。女性には、歳をきかないものよ」

沙耶は、2本目のビールをあけるとゴロリとそのままベッドに横になる。
俺は、いつのまにか、ベッドの下で、正座している。

さすがに、俺もそろそろ寝なくてはいかんとも思う。
しかし、目の前のこの状況。
・・・俺って、どこで寝るんだろ?

沙耶が目を開けて、俺に話し掛ける。

「しばらく、アンタんとこ、居座るからね」
「あ、ああ。しかし、俺、どこに寝ればいいと思う?」

「そんなの知らないわよ。なんなら、一緒に寝る?」
「ば、ばか。そんなわけに・・・」

「アンタの不味い血なんか、頼まれたって吸わないわよ。失礼ね」
「そ、そうじゃなくて・・・」

「そういえば、アタシ、たしか、処女よ。どうする?」

沙耶は「ニヤリ」という音が聞こえるような笑みを俺に向けたあと、

「バーカ。その辺で、寝てなさい」

といって、ゴロリと向こうを向いて、完全に安心感をもった寝息を立てはじめた。

つまり・・・俺は?
その辺でというと・・・つまり、フローリングに・・・ごろ寝・・・か。

「トホホホ」


    ◇  ◇  ◇


  カチャ

・・・やっぱり、鍵は開いてるか・・・

「ただいま」
「おかえりなさい。遅かったのね」

「まあな。帰りたくない理由もあったからな」
「なによ。その言い方。アタシのどこが気に入らないっての?
こぉぉぉぉぉ〜んなに美人なのに」

沙耶は、色っぽくクネッと体をひねって、ウインクをひとつ俺に投げつける。

「いえいえ、美人のオネイサンに待ってられると思うと、緊張しちゃってね」
「・・・まっ、いいわ。で、晩御飯は?」

「ああ、済ませてきた。もしかして、用意してあるとか?」
「んなわけないでしょ。大体、アタシはもの食べないってのに。
よくあんな気持ちの悪い、ごちゃごちゃした、グロテスクなものを口に入れよう
なんて思うものだわ。見てるだけで気持ち悪いってのに」

「それは、今朝、散々聞いたよ。だから、外で食ってきたっていっただろ」
「あら?アタシのために、ってこと?」

「まーな」

そもそも、朝の目玉焼き程度であれだけボロクソにいわれて、晩飯までコイツの
前で食おうなんて、とても思えないからな。
まっ、コイツがあんだけ嫌がるのを見ちゃったしな。

未完

あとがき はい、筆者です。 え?ここは「レイが好き!」? ・・・・はい、そうですね(にこり) というわけで、書きかけの試作品をアップしてみます。(何が、というわけ?) で、150,000ヒットになにか書かなきゃなぁ・・と思ってたんですけどぉ、 いろいろとねぇ・・・ 無理矢理、記念作品ということにしときます。 ちなみに、題名募集中です。 もしかしたら、新しくページを立ち上げるかもしれません。 でも、「レイが好き!」も続けます。 だって、筆者は、レイが好き!なんだもんっ♪ ぢゃ! ・・・続くんでしょうかねぇ・・これ