嗚呼アスカ様!
第六話
安らぎ


真っ赤なスーツに身を包んだ長い髪の女性は、
エレベータを出て、いつものように、自室へと続く廊下を歩く。

 カツン、カツン、カツン

少し高めのハイヒールの足音が静かな真夜中のマンションに響き渡る。
その足どりは、若く美しいその容貌には、とても似つかわしくないほどに、
疲れきっている。

予想もしなかった同居人のために、極力早く帰宅しようという彼女の希望は、
今日もまた叶えられなかった。

それは、すなわち、仕事場での彼女の重要性の証明でもある。
彼女自身もまた、そのことに誇りをもってはいるのだが・・・

 カツカツカツ

今夜も、アスカの疲れた足音が深夜のマンションにこだまする。


  ◇ ◇ ◇


「おかえり、アスカ」
「あぁ、カヲル、アンタ、また、起きてまってたの?
先に寝てなさいって、いつもいってるでしょ?」

「ふふっ・・ごめんなさい、アスカ」

にっこりと笑いながらアスカの帰りを予期していたように玄関に出迎えるカヲルの顔を
見ると、アスカは、力なく、呆れたような顔を作っていつものようにしかりつける。
カヲルは、アスカの呆れた顔に、微笑みながら謝罪の言葉を発する。

「なにが、ごめんなさい、アスカ。よ。アンタ、ちっとも分かってないでしょ?」
「わかってるさ。お疲れ様でした。アスカ」

そういうと、カヲルはアスカのコートを受け取りハンガーに通しながら、
アスカの部屋へと歩き出す。
アスカは、カヲルの背中を見送る。

「まったく、ガキのくせに・・」

アスカは、脱いだハイヒールをしゃがみこんでそろえてから、
カヲルの後を追うように自室へ向かう。


  ◇ ◇ ◇


「それでどう?学校には慣れた?」

カヲルのついだビールのグラスにひと口くちをつけながら、
アタシは、テーブルの向かいに座ってじっと自分を見つめるその少年に話しかけた。

「別にどうということはないさ」

そんなことには興味なさそうにカヲルが答える。

「いじめられたりしてるんじゃないでしょうねぇ?」
「ふふっ、僕がなぜいじめられるんだい?」

にこりと微笑みながら、逆に聞きかえすカヲルに、アタシはどきっとしながら答える。

「アンタみたいに気取ったなまいきな奴がクラスにいたら、アタシなら、
絶対にいじめてあげるわよ。まっ、最近のガキにはアンタをいじめようなんて
度胸のあるのはいないのね」

アンタが・・・でも、アンタって、人と違うのよ。
・・・ごめん、分かってるんだろうね・・・本当は・・・

カヲルは、じっとアタシを見つめて、クスリと笑ってから答える。

「アスカはいじめっコだったの?」
「あ、アタシは、弱い者いじめなんかしないわよ!」

この子、強いんだわ・・・多分、アタシなんかよりずっと・・・

「ふーん、今度、シンジさんに聞いてみようかな?」
「なによその顔は?いっとくけどねぇ!
あれは、アイツがあまりにもなさけないから・・あんなのいじめじゃないわよ!」

「へぇー、シンジさんのこと、いじめてたんだ?」
「アンタばかぁ?だから、違うっていってんじゃないの」

「知ってるよ。そんなこと」

カヲルは、にこっと微笑んで、じっとアタシの顔を見つめる。
アタシは、カヲルから目をそらして、グラスのビールを飲み干す。
カヲルは、開いたグラスに静かにビールをそそぐ。

ちっくしょう!やっぱ、バレバレかぁ・・・
そうよ!気になる子は、常にいじめの対象になるもんなのよ!
・・・・なんて、開き直り・・・ふぅ

「まだ・・・好きなの?」
「・・・・・・」

「ごめん。アスカ」

アタシは、カヲルのついだビールを再び飲み干すと、冷静に、大人らしく、
にっこりとカヲルに微笑みかける。

「ばーか、ガキが、何いってんのよ」
「僕は、アスカが好きだよ」

「知ってるわよ」
「うん」

カヲルは、空になったグラスに、再び、ビールをそそぐ。

「昔はむかし、今はいまよ」
「え?」

「だからぁ、いつまでも未練たらしくなんてしてらんないってことよ。
いっとくけどねぇ!もう、随分前なんだからね!シンジのことふっきれたのなんて!
今は、別になんとも思ってないわよ」
「ホント!」

「なによ?アンタ、喜んでんの?」
「ううん、べつにぃ」

「なによぉ?いやらしいガキねぇ」
「僕はそろそろねなきゃ、なんたって、ガキだからね」

カヲルはにこやかに、そういうと、席をたって、逃げるようにダイニングを出る。

アタシは、そんなカヲルの背中を眺める。
カヲルの姿が視界から消える。

しばらくすると、そのままだった視線の先にカヲルの顔が現れる。

「ふふっ、おやすみ、アスカ」
「ばーか、寝坊しなさんなよ」

アタシは、グラスに残ったビールを飲み干すと、ダイニングを後にして、
ベッドへ向かう。


  ◇ ◇ ◇


「おはよう、アスカ」
「ん、んん〜おはよ。アンタ、まだ、いかなくて、ガッコいいの?」

起き出して、顔を洗いに洗面所へ向かう途中、カヲルは、ダイニングの
ドアから顔を出して、アタシに朝の挨拶をするので、アタシは、眠い目をこすりながら
答える。

「うん、そろそろ行かなくっちゃ、でも、今日はいい日だなっ」
「なにがよ?」

「だって、アスカにおはようが言えたもの」
「まったく、なにいってんだか・・・ほら、朝ご飯食べおわったんだったら、
さっさと、学校行きなさい」

「はーい。それじゃあ、いってきまーす」

カヲルは、嬉しそうにそういって、ランドセルを背負うと、玄関から飛び出した。

そーねぇ・・・やっぱり、寂しいのかな・・・
あれでも・・そう、天涯孤独のひとりぼっちの・・・・

なーに、いってんのよ!人なんて、常にひとりなのよ!
アタシだって・・・・アイツがいなければ・・・・

・・・・たまには、早く帰らなきゃね・・・


  ◇ ◇ ◇


「おはよう、渚君」
「おはよう、小沢さん」

「今日も、ゆっくりなのね。渚君って、いつも、ギリギリに来るでしょ?」
「そうだね。あまり早く行ってもすることもないからね」

「よくないっ!」
「え?」

「渚君って、くらいのよ!」
「どうしたんだい?突然」

「暗いわ!だから、友達もできずに、だから、学校にくるのがいやになるのよ!
友達ができれば、きっと、一刻もはやく学校にきたくなるわ!」
「そうかな?でも、僕はべつにかまわないけどな、いまのままで。
それに、僕は、学校、きらいじゃないよ」

「本当?」
「本当だよ。なぜ、小沢さんはそう思うんだい?」

「・・・・なんか、渚君って、かわってるわ」
「ふふっ、なにがだい?」

小沢さんは、常に、僕の質問には答えず、勝手に自分の意見のみをいう。
僕は、それを不快とも思わずに、常に淡々と受け答える。
今朝も、通学路で、小沢さんは、僕を待ちうけるように話しかけてきて、
そして、僕を変わっているという。

「どうしたら、そんな風に、無関心でいられるの?」
「無関心?そんなことはないさ」

「じゃあさ、たとえば、わたしのこと、どう思う?」
「そうだね、小沢さんについては・・・わざわざ、通学路で僕を待ちうけて、
僕にあれこれ話しかけて来る楽しい人・・・かな?」

「うーん、楽しい人か・・・あぁ!わざわざ待ちうけてって!・・・・
ばれてた?」

僕は、ただ、にこりと微笑んで、それに答える。
そして、それが、なにを意味するのかも、分からなくはないんだけど・・・

「僕には好きな人がいるんだよ。ごめんね」


  ◇ ◇ ◇


「というわけで、このような結果がでているわけです」

年度末の研究成果の発表、アタシは、ひと通り、成果をのべる。
そして、予期されたひと通りの質問を淡々と受け答え、説明する。

「それでは、ほかに質問がなければ、以上で」

質問がとぎれたころあいをみた座長の言葉で、報告が終了する。

「ふぅ〜、やぁっと、今日はこれで久しぶりに早く帰れるわ」

ぞろぞろと、みなとともに、アタシは、すこしせいせいとした気分で会議室を、出る。

「ちょっと、アスカ」
「ん?なに?リツコ」

「あなた、このあと、どうするつもり?」
「このあと?別に、今日は久しぶりに早く帰れるから、ゆっくりやすむつもりだけど?」

なによ?なんか、用事をおしつけようっての?
自分の部屋へ戻る途中、リツコがアタシを呼びとめる。

「そうじゃなくて、来年度以降よ」
「へ?」

「確かに、結果はでて、社会への貢献はわかったけどさ。それで、なに?」
「なにって・・・」

「あなた、一体なにを、本当はいちばんやりたいの?」
「な、なによ、突然、そんなこと・・・」

「まっ、そうね。じゃあ、そのうち、ゆっくり聞かせてよ。あなたには、
一目、おいてるんだからね。期待してるわよ」

そういうと、リツコは自分の研究室へ戻っていく。
アタシも自分の部屋に戻って・・・

「それで、なに?・・・か」

アタシはイスに腰をおろして、机につっぷしながら、リツコのいった台詞をつぶやく。

「やっぱり、考えなきゃだめなのよね・・・研究者って・・・」

研究の展開。自分独自の興味、疑問とその打開・・・つまり、アイディア。
15の時から、プロの研究者のつもりだったのに・・・アタシは・・・
いったい、アタシはなにをしたいのかな・・・

いわれるがままに・・・ううん、それでも、自分で主張して、それで、
こんなことしたら、面白いんじゃないかって提案もしたし・・・
それでも・・・やっぱり、つねに、上の掌の中・・・
そんな目新しいこと、そうそう思いつくもんじゃないもの。
ちょっと手をかえて、品をかえて、先人の軌跡をなぞるだけが関の山。

とにかく、実験をすれば、測定をすれば、計算をすれば、
次々に新しい結果は出て来る。そして、新しいことが分かる。
それは、確かに楽しい作業だし、成果もあがったような気になれる。

「・・・で?」

それでも、いつもその、たった一言の台詞が頭によぎる。
で?なんなの?・・・ついに、言われちゃったな・・・
恐かった。ずっと、そういわれるのが恐かった。
素人にいわれたんじゃないもの。本当の科学者で、本物の研究者の・・・

「アタシに何を期待してるのかしら?」

ちょっと、人よりIQが高いだけ。ちょっと、普通の人よりはやく、こういうことに
携わってただけ・・・

「アスカって、頭いいよね。回転もはやいし」
「アスカ君は、天才だよ」

そうよ!なんでもできるもの!アタシは!
・・・でも、そういうことじゃないのよね・・・研究って・・・

「分かってるんだから!アタシだって今のまんまでいいなんって・・・」

プロの研究者で、組織に属している以上、成果が求められる。貢献が求められる。
それは、卒なくこなせるわ。でも、それはあたりまえのこと・・・
でも、それは、きっと誰でもできる。
しさえすれば、できることばかりだから。
要領よく、順調にできるか、どうか、の違いだけ。誰がやったって・・・

きっと、なにか、引っ掛かったほうが、そこから、新しいになにかがうまれるのかも
しれない・・・そして、すべきことが見つかる・・・

決して総てが順調にきたわけじゃ、決してそうじゃないけど・・・

「アタシには、なにも思いつかないもの・・・」

アタシには何も・・・


  ◇ ◇ ◇


「おかしいわ!やっぱり、へんよ!」

下校路、小沢さんは、帰宅する僕に話しかけてきて、僕はその相手をしていた。
突然、僕の前に立ち塞がるように、仁王だちになって、そう叫んだ。

「そうでもないさ」
「ううん、おかしい。そんなの絶対におかしいわ」

「ごめんね」
「ちがう!謝らないで」

この人は知らないから・・・あの人を。

あの人は、年上であることを感じさせない。
見た目も立場も、大人の女性だけど・・・でも、あの人の内面は・・・

「今度、機会があったら、紹介するよ。アスカを」
「む、むこうは、どう思ってるのよ?そんな大人の女の人が、小学生のガキなんて
相手にする分けないじゃないの!」

「そうかもね。でも、好きになるって、きっと、そういうことじゃないと思うんだ」

この人は、やっぱり、アスカを知らないんだよな・・・
アスカには、きっと僕が必要だと思うんだ・・僕もついていてあげたいとおもうもの。
アスカには、そんなこと、認められはしないけど、今は・・・
・・・でも、いつかは

「つまり、あきらめなくていい、ってことね?」

すこし考えた後、小沢さんは、小さな声で、つぶやいた。

「好きなら、それは、しょうがないものね。突然、好きをやめるなんて、できないもの」
「そうかもね」

「そっ、じゃあ、今日のところは、これで退散するわ。またね、渚君」
「うん、さようなら、小沢さん」

「さよなら、じゃないわよ。またね、よ。またねっ|」

小沢さんは、にっこり笑いながらそういって、走って、いってしまった。

友達。かな?僕を好きだという女の子。
でも、あの子はなんにもわかってないよ。僕のことを・・・


  ◇ ◇ ◇


「さってと・・・」

アタシは、玄関の前でたちどまると、ひとつ深く呼吸をして、気持ちを入れなおす。

「ただいま!」
「おかえり、アスカ。今日は、早かったんだね?」

「なによぉ!早く帰ってきちゃいけないっての?」
「誰も、そんなこといってないよ。ふふふ、ありがとう、アスカ」

「んなことより、ご飯よ、ご飯。アンタもまだなんでしょ?」
「うん。これから、つくろうとおもってたとこ」

「そっ、たまには、アタシが作って上げるわ」
「えぇ!アスカがつくるのぉ?」

「なによ。その顔は・・・・わかったわよ。しょうがないわね、それなら、
さっさとつくんなさいよ。食べて上げるわよ。アンタの料理を」

「あのさ、アスカ」
「なによ?」

「一緒に作りたいな。だめ?」

「・・・・まぁったく・・」

つづく

あとがき んとね、筆者ですけど・・ どーも、話、ばらばらでしょ? そうなんです。 だって、バラバラに書いたんだもん(おいおい) とゆわけで、でも、「安らぎ」かな?お互いに。 なんて、思ってます。 いい感じやんか、そう思いません? で、久しぶりに嗚呼アスカ様なんですけどね。 なんとなく、これは、続けるような気がする。 某未来少女の話は完全に続かないけど、 これは、続くよ。たぶん。 まあ、そゆことです。 で、次は、たぶん、近日中に「好き!」正編の方でしょう。 あ、そうそう、本編というと、まさに本編のことになって しまうので、今後、あれは、正編ということにしました。 正編の方は・・・なかなかに、続きというのは、難しいです。 というか、やっぱ、読み切り短編集で行くのが正しいと思うんです。 んで、たまに、思い出したように、こないだの続きを書く。 というような感じでいこうかと思ってます。 ちなみに、今は、完全に読み切り短編風のネタを思い付いてます。 これを書く暇がありさえすれば、なんとか、3月中には、 次の話を書きたいな・・・ ・・しかし、全然あとがきじゃねぇな(笑) ぢゃ!そゆことで それでは もし、あなたがこの話を気に入ってくれて、 そして、もしかして、つづきを読んで下さるとして、 また、次回、お会いしましょう。

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