レイが好き!増刊号
第四号
レイの血


「レイ、ご苦労さま。それから、ありがとう」

僕は、病院のベッドに横たわるレイの手をにぎって、そうレイにささやいた。
レイの反対の腕には、点滴の管が刺さっている。レイは、静かに目を開けて、
僕を見た。

「・・・・シンジ・・・・」
「いいんだよ、喋らなくて。安静にしてないと」

「シンジ、もう、あってくれた?」
「うん、もちろん、レイに良く似てて、かわいい男の子だよ」

「そう。わたしももう一度見て、抱きたかった」
「なにいってんだよ。これから、いくらでも抱けるじゃないか!僕達のこども
だよ!」

「ううん、わかってるもの。わたしはもう・・・・自分のからだだもの。わか
るわ、そのくらい」
「レイ・・・・」

僕は、なにもいえなかった。レイは本当に弱々しく、もともとの白い顔が、更
に白く、真っ青になっていて・・・・それでも、声を振り絞って、僕に話かけ
る。

「シンジ・・・・名前・・・・決めてくれた?」
「うん。でも、レイにも了解をとらないといけないから」

「どんなの?」
「ハジメ、僕達のはじめてのこどもだから・・・・どうかな?」

「そう、いい名前ね・・・わたしもそれがいいわ」
「うん、ありがとう」

「うふふっ・・・・0が1を生んだのね」
「そうだね」

レイは少し明るく微笑みながら僕を見つめた。僕も笑顔でそれに答える。

いつも、とっても強くて、お母さんのように、いつも僕を励ましてくれたレイ、
悪戯に僕に甘えるレイ、意地悪に僕をからかうレイ、そして、時々、ガラス細
工のように壊れそうになって僕にしがみついたレイ、それでも、僕が抱きしめ
ると、すぐに元気になって、強がったレイ。

そのどこまでも透けるような真っ白な肌は、今は青ざめた色にかわっている。
燃えるような意志をもった真紅の瞳からは、生気が感じられない。

「そんな!ダメだよ、レイ!」
「・・・・」

「お願いだよ。僕は、ダメなんだ。レイがいないと・・・・」
「ごめんなさい、シンジ」

「約束したじゃないか!レイは僕を守るって、だから、どこへもいかないって!」
「ごめんなさい・・・・でも、ハジメの半分はわたしよ・・・だから・・・・」

「嫌だ!そんなの!」

僕は、泣き出していた。泣きながら、レイに・・・・レイの胸に顔をうずめた。
レイは、やっぱり、優しく、片手で僕の頭を抱えてくれる。

「ごめんなさい、シンジ・・・・」
「お願い、ごめんなさいなんていわないで!お願い、生きて!生きてよ、お願い
だから・・・」

「・・・・シンジ・・・・」
「愛してるよ、レイ」

「わたしも愛してるわ、シンジ・・・・」
「僕はダメなんだ、レイがいないと・・・だから、僕をいつまでも守ってよ・・・
お願いだよ。レイ」

「そうね、シンジを守らなきゃね・・・それにハジメも・・・」

僕は顔を起こして、レイを見た。レイの瞳にほんのわずかだが生気が戻って来
た。そんな風に見えた。

「そうだよ!守ってよ!それに、母親がいないなんて苦しみをハジメに味あわ
せちゃダメだよ」

それは、僕には身に染みてわかっている。母親がいない苦しみ。そんなもの僕
のこどもにあじあわせちゃいけないんだ。

「そうね・・・・わたし・・・がんばってみる」
「・・・・レイ?」

「わたし・・・・シンジを愛してるから・・・・シンジを苦しめたくないわ」
「ありがとう・・・・レイ」

「うん、なんだか、気分、良くなって来たわ」

レイの顔色は相変わらず真っ青だが、レイはかすれる声で、そういってくれた。

「うん、よかったよ。なんだか、すこし元気になったみたいだよ。レイ」
「そうよ。シンジにはわたしが必要。それがわたしの生きがいだもの。そして、
今日からは、ハジメにもだわ」

「ありがとう、レイ。本当に・・・・」
「うん、だから、わらって、シンジ。わたしはシンジの優しい笑顔がすきよ」

「う、うん。レイ」

僕は、なんとか、涙を拭いて、レイに微笑みかけた。レイも、笑顔で僕を見つ
める。でも、いつもの笑顔じゃない。本当に、無理してる笑顔。きっと、僕も
そうだ。

「・・・・じゃあ、僕は、先生に呼ばれてるから・・・また、来るからね」

そんなレイの顔を僕は見てられなくて、僕はレイの病室を後にした。でも、よ
かった、とにかく、レイに生きようという気が起こってくれて・・・・でも・・・・


    ◇  ◇  ◇


「先生、レイは、どうなんですか?」
「ご主人ですか」

僕は、先生に呼ばれて、先生の部屋にはいってそう尋ねた。先生は、待ってい
たように、椅子ごとからだを、こちらにむけた。

「はい、それで、レイは、大丈夫なんですよね」

「・・・残念ですが、出産時に大量の出血がありまして、非常に体力を消耗し
ております。もともと、あまり、からだは丈夫ではないようですし・・・・」

「手のうちようはないんですか?」
「いえ、輸血を行って、安静にして、栄養をとっていきさえすれば、大丈夫な
んです・・・・ですが、問題が二つあります」

レイが助かる!僕の顔が綻びかけた時、最後に先生はそう付け加えた。

「・・・・問題?」
「そうです。まず一つ目は、本人の生きようという意志です。残念ですが、奥
さんは、なにかもう、自分で感じておられて・・・・」

「いえ、それは大丈夫です。さっき、病室で、がんばるといってくれました」
「そうでしたか。では、それは、いいのですが、実は二番目が問題なのです」

「二番目とは?」
「輸血です。奥さんは、大変特殊な血液型をしておりまして、当病院には、輸
血のストックがないんです」

「そんな、この病院になくったって、血液センターなり、なんなり、どこかに
はあるんでしょ?」
「それが・・・・どの血液ともあわないんです。私も長い間、医師をやってま
すが、奥さんのような血液は見たことがありません・・・・たしか、以前、文
献で一度、見たきりです。とにかく、人間としてはあり得ないものなのです」

先生は、残念ですが、という表情でうつむいて黙ってしまった。レイの血液が
特殊?レイは、本当は人ではないから?だから、助からない?そんな!・・・・
でも、それなら・・・・

「僕に、こころあたりがあります」
「本当ですか?それは・・・・」

先生の話半ばで、僕は立ち上がった。一刻でもおしい。

「電話、借ります」
「そ、それはかま・・・・」

先生の返事も待たずに僕は電話をかけた。アスカの携帯へ。

「もしもし、アスカ?」
『あらー、久しぶりね、シンジ!ここんとこすれ違いね』

「うん、アスカ、久しぶり」
『で、もう、生まれたの?男?女?』

「うん、男。でも、レイが・・・・レイが危ないんだ」

僕は、現在の状況をアスカに説明した。アスカは唖然として聞いているようだ。

『そ、そんな、レイが・・・・』

さすがのアスカもショックは隠せない。レイはアスカにとっても大切な家族な
のだから。

「そ、それで、赤木博士に連絡をとりたいんだ。レイの血液もってると思うん
だ」
『そうね、絶対サンプル持ってるはずだわ。でも・・・・』

「と、とにかく、アスカから話してみてよ。僕もすぐ、そっちへいくから」
『わかった。なんとかしてみるわ。シンジも急いでね』

そういうと、アスカは電話をきった。僕も、受話器をおろし、先生に向きなお
った。

「先生、レイは、このままで、あとどのくらい持ちますか?」
「現状で、輸血用の血液がなければ、そうですね・・・・奥さんの生きたいと
いう意志しだいですが、三日というところです。つまり今日をいれて・・・明
後日が限界です」

「明後日ですか・・・・わかりました。それまでに血液を何とかします。です
から・・・」
「わかりました。三日間はなんとか、持たせてみせます。ですが、それが限界
です。それ以上は、たぶん、無理です」

「大丈夫です。じゃあ、先生。お願いしますよ」

僕は、そういうと、先生の部屋をあとにした。


    ◇  ◇  ◇


「レイ」

僕は、レイの病室に戻り、レイの手をとった。

「シンジ・・・戻って来てくれたのね」
「あたりまえだろ。約束したじゃないか」

「わたし、どうだって?」
「うん、大丈夫。ただ、ここには輸血用の血液がないんだって、だから、僕が
これから、赤木博士のところにいって、もらってくるんだ」

「そう、赤木博士・・・・そうね、持ってるかも知れないわ」
「うん、絶対、持って来るから・・・だから、すこし、がんばって待っててね。
三日以内には、必ず、血液をもって戻って来るから」

「うん・・・・待ってる」
「レイ!・・・生きてよ。僕がいないうちに死んじゃダメだからね」

「大丈夫よ。シンジ、そんな顔しないで。わたしはさっきまでのわたしとは違
うわ」
「う、うん」

「わたしは死なないわ。わたしはシンジを守るもの。そして、ハジメを・・・」
「そ、そうだね。レイ・・・・」

僕は、涙を堪えながら、レイに明るく微笑みかけ、レイの瞳を見つめた。本当
に瞳には生きようという意志が戻って来ている。レイも僕を見つめる。いつも
の、天使のような微笑みで、僕を見つめてくれる。

「さっ、シンジ、いって。わたしはまってるわ」
「うん」

僕は、泣きながら、病室をあとにした。レイは絶対、僕が助ける。僕はレイを
守るんだ。それは、僕がレイにはじめてあった日から、ずっと思い続けている
ことなんだ。レイを守れるような男になる。そう、ずっと思い続けて、僕は生
きて来たんだ。どんなことがあっても、レイは僕が守ってみせる。


    ◇  ◇  ◇


「アスカ!」

僕が研究所に入ると、玄関のところでアスカが待っていた。

「シンジ、レイは、大丈夫なの?」
「うん、三日は大丈夫だって。今は元気だよ。さっきなんか、僕の方が元気づ
けられちゃったんだから」

「そう、よかったわ」

アスカ、ほっとしたようにそういった。そう、僕もレイの元気な様子に元気づ
けられている。でも、それも・・・・あと三日・・・・

「そんなことより、赤木博士の方はどうだって?」
「・・・それが、ダメなのよ。さっきから電話してるんだけど、サンプルは持
ち出せないの一点張りなのよ。ホント、嫌なババアなのよ」

「そんなこといっちゃいけないよ。レイの命の鍵を握ってる大切な人なんだか
ら」
「あんなのにレイの命が握られてるなんてね」

「・・・・と、とにかく、電話がだめなら、直接、研究室にいくしかないよ」
「そうね、アタシもそう思って、シンジを待ってたのよ」

「じゃあ、早速いこう。どっち?」
「・・・うん、こっちよ」

僕は、アスカに案内されながら、赤木博士の研究室へ向かった。


    ◇  ◇  ◇


「とにかく、ダメなのよ。規則で、サンプルの所外持ち出しは禁じられてるの
よ」

赤木博士は、断固として、レイの血液の持ち出しを阻んだ。

「そ、そんな!人の命がかかってるんですよ。レイの命が!」
「そう?本当に人なら、そんなモノ必要ないわ」

この人がレイを育てたんだ。なんて人だ。こんな、冷静な・・・・冷たい・・・・
人に育てらてたんだ。レイが表情に乏しかった訳がよくわかる。この人は、レ
イを実験動物・・・・いや、生物としてさえ扱っていない。

「お願いします。サンプルが必要なら、レイが回復してから、改めて、また、
採ればいいじゃないですか!それで、好きなように研究すればいいじゃないで
すか!」
「別に、いまさら、零号体の体液の実験なんてしないわ。単純に、うちの標本
として、永久保存になってるのよ。厳重に保管されてるわ」

「お願いします・・・・お願いだから、レイのことを零号体なんて呼ばないで、
レイは、レイなんです。お願いします。レイは、ホントに人なんです。僕にと
っては、ほんとに人なんです。僕の大切な妻なんです・・・だから・・・」

僕は、泣きながら、赤木博士にそうお願いする。赤木博士も、まったく、人の
こころがない訳ではない。すまなそうに僕から顔を背けると声を震わせて、答
えた。

「ごめんなさい。どうすることもできないの」
「そ、そんな。血液は、保管されてるんでしょ?すこし、分けてくれれば・・・・」

「そんなに沢山は、ないのよ。標本だから・・・・ほんの数十ミリグラムしか
ないの」
「そんな・・・」

「わたしだって、つらいのよ。ここに赴任して以来のつきあいですもの・・・・
零号体・・・・ごめんなさい・・・・レイとは」
「・・・・」

「いつか、こういうことになるんじゃないかって・・・・だから、なるべく、
モノとして扱うようにしてたのに・・・・」

赤木博士もずっとつらかったに違いない。突然、存在してはいけないような存
在を・・・・実験のミスで生まれてしまったヒトのようなもの・・・・レイを
任されて・・・・赤木博士には、多くの選択肢はなかっただろう。赤木博士が
レイをモノとして扱うことは・・・それは、たしかにひどいことだが・・・そ
れでも、僕は、許せるような気がする。赤木博士は、苦しんだに違いない。

「赤木博士・・・・」
「本当に、ごめんなさい」

赤木博士は、声を殺して、涙をこらえるようにそういった。ずっと、僕の後ろ
で、話を聞いていたアスカは、ずっと黙っていたが、このとき、突然、つぶや
いた。

「合成・・・・できないかしら?」
「アスカ・・・・合成?」

僕は、アスカをみた。赤木博士も少し、冷静になって考え込んでいる。アスカ
は、さらにつづけた。

「そうよ!合成よ。そもそも、レイは、人工的に化学合成されたんでしょ!そ
れも、たった数日で。なら、血液だって、出来ないはずはないわ」

「それは、そうだけど。あの時は、偶然、たまたま、システムが暴走して・・・
だから、ラットを作るはずだったのが、ヒトに・・・・不完全ではあったけど・・・
ヒトのような生命が出来てしまったのよ。それも、計画では数カ月かかる予定
だったのよ。再現なんて不可能だわ」

「そりゃあ、レイをもう一回つくるのは無理でしょうけど、血液のサンプルは
あるじゃない。培養して、増やせばいいんでしょ?」
「そうね、一般的な人の血液なら、できるわ。でも・・・・レイのは・・・・」

「培養できなくたって、人工的にコピーをつくればいいのよ。そうでしょ」

アスカは、すごい。どんな否定的な意見をいわれても、すぐに、前向きな案が
浮かんでくる。さすがアスカだ。これが、アスカの強さなんだ。この自信・・・・
アスカには不可能はないという自信・・・・が、アスカを、あんなに幼い時か
ら大人にまじって、たったひとりでたたかわせていた原動力なんだ。

アスカの言葉は、いつも、何とかなるんじゃないかという気を起こさせる。い
つでも、そうだった。はじめてレイとあった、その夜もそうだった。

「そうね。アスカ。可能性はあるわ。でも・・・・確率は低いわよ」
「確率なんて、例え、0.000000001%でもあるなら、成功するわよ。なんたって、
アタシがオペレートするのよ!」

「そうね、アスカ。だから、私はあなたを認めてるのよ。私も見習わなくちゃ
ね」
「そ、それじゃあ!」

二人の話をじっと僕は聞いていたのだが、なんとか可能性が出て来たみたいで、
嬉しくて、そう、叫んだ。赤木博士は微笑みながら僕をみて、そして、アスカ
をみて、いった。

「やってみるわ。アスカには悪いけど、これは、アスカの専門外よ。私がオペ
レートするわ。明後日までなんでしょ。急がなきゃ」
「うん、お願いする。でも、アタシも手伝うわ」

「ぼ、僕も・・・」
「アンタばかあ?アンタに手伝えることなんてないわよ!おとなしく見てなさ
い」

アスカは明るくいつもの口調で僕にそういうと、赤木博士と相談をはじめた。
僕には確かに手を出せるようなものではなかった。それから、二人はアシスタ
ントを呼んで、準備にかかった。僕には、何がどうなるのかまったくわからな
いけど・・・とにかく、レイが助かる可能性が生まれたんだ。僕には成功を祈
ることしかできないけど・・・・でも、僕は・・・・信じているから、奇跡を。


    ◇  ◇  ◇


「血漿、合成完了・・・・血漿タンパク質、血糖、無機塩類、すべて正常値」

研究室のスタッフは徹夜で準備をしてくれたが、準備は僕が考える以上に大変
で、翌日の夕方までかかった。最終チェックをおこない。その日の深夜になっ
てようやく、レイの血液の再合成実験ははじまった。時間がない。レイの命は、
明日までなのだ。

オペレーターの冷静な計器の読み上げに、赤木博士もうなずきながらモニター
を見ている。

「いいわ、順調よ。つづけて」
「了解。第二段階に移行します」

僕も、意味不明なモニターをじっと見つめながら、祈った。アスカも、黙って、
モニターを見ている。

「赤血球、構成始まります」

「目標値まで・・あと、20・・15・・10・・8・・6・・5・・・4・・・・
3・・・・2・・・・1・・・・目標到達」

「赤血球、構成完了・・・形状、色素、内部遺伝子、すべて正常値」

うまくいってる。僕はアスカをみた。アスカも僕の方を向いて、笑顔を返した。

「ほらね。案ずるより生むがやすしなのよ。この世に不可能なんてないわ」

「まだ、安心するのは早いわ」

赤木博士は、アスカのそんな楽観的な意見を打ち消して、真剣な顔でそういっ
た。

「いまのところ、順調なだけよ・・・・つづけて」

「は、はい。第三段階へ移行します」

「白血球、構成準備に入りました」

たしかに、楽観はできない。やり直しはきかないのだ。明日の朝までに完成さ
せなければいけないんだ。

「白血球、構成始まります」

僕は、食い入るようにモニターを見つめた。

「目標値まで、あと、20・・15・・10・・8・・6・・5・・・4・・・・
3・・・・・2・・・・・・1・・・・・到達しました。そのまま安定」

部屋全体に安堵の空気がながれる。赤木博士もすこしほっとした様子で、次の
指示をだす。

「順調ね。いいわ。このまま、安定作業にはいって」

「了解、最終段階へ移行します」

「全血球を血漿内へ放出します」

「血球濃度、正常値」

「血漿、構成物質、すべて正常値」

「このまま安定します」

冷静にじっとモニターを見ていた赤木博士は、僕の肩をたたいてささやいた。

「なんとかなりそうね」
「そ、そうですか!ありがとうございます」

「いいのよ。私こそ、ありがとう。シンジ君のおかげよ」
「え?なにが?」

「ううん・・・私もこれからは、レイを人として見られるかも知れない」

赤木博士の瞳から涙が一筋ながれていた。僕もいつのまにか涙を流している。

『ビー、ビー、ビー』

突然、唐突に、警報音はなりだした。赤木博士は、慌てて、モニターに目をや
って叫ぶ。

「どうしたの?なにごと?」

「変です。血球濃度が安定しません」

「現状は?」

「白血球濃度、30000。どんどん増殖しています!」

「100000 を越えました!」

「指数関数的に増加しています!」

複数のオペレーターの声が飛び交う。異常事態だ。ここまできて、だめなのか?
アスカは、まだ、あきらめられずに叫んでいる。

「ちょっと、なんとかなんないの?止めなさいよ!」

「ダメです。止まりません!」

「また・・・なの?・・・・なぜ?」

赤木博士にはあきらめの表情をただよわせながら、悔しそうにそうつぶやいた。

「制御不能です・・・実験中止を提案します」

「・・・・提案を受理。実験中止。生成物を消去」

赤木博士は、全身で、悔しさをこらえながら、そう決定を下した。

「実験中止」

「生成物消去」

「・・・・・」

せっかく、ここまで順調に出来ていたのに・・・うまくいきかけていたレイの
血液は分解されていく。そして、モニターにはなにも映らなくなった。すべて
が終わった・・・・誰も言葉を発しない・・・


    ◇  ◇  ◇


僕は、呆然としながら、研究所を出た。

『ごめんなさいね』

つらそうな赤木博士の表情。

『シンジ・・・・』

アスカが僕にはじめて涙をみせて泣いた。

僕は、そんな研究室をあとにした。その手には持って出るはずだった血液はな
い。外へ出ると、太陽は、真南に昇っていた。もう、ダメだ。

『レイ、ごめん。僕はやっぱり、レイを守れなかったよ』

レイは、いつも僕を守ってくれたのに・・・・僕は、なぜ、こんなに無力なの
か。せめて、レイの最後は、看取ってやりたい。最後に一言、レイにお礼をい
いたい。ありがとうって、そして、愛してるって・・・・

『ごめん、レイ』

僕はレイのいる病院にむかった。


    ◇  ◇  ◇


レイの病室の前、僕は扉を見つめた。なんといって入ったらいいんだろう?レ
イはまだ意識があるだろうか?僕はどんな顔をしたらいいんだろう?

『シンジのやさしい笑顔が好きよ』

レイのそんな言葉がうかぶ。笑顔・・・だめだ。今の僕には、そんな笑顔はで
きない・・・レイ・・・ごめん。

僕は、扉をあけて中にはいった。レイはベッドに横たわっている。

「レイ・・・・」

僕はレイの手をとった・・・暖かい・・・まだ、大丈夫。レイは、静かに
目を開けて、僕を見つめた。

「・・・シンジ・・・きてくれたのね」
「うん・・・・」

「・・・・うれしいわ」

レイの笑顔がつらい。僕は・・・・

「レイ・・・・ごめん。血液、ダメだったよ」
「・・・・そう」

「僕は、やっぱり、レイをまもってやれなかったよ。ダメだね、僕って・・・」
「・・・・そんなことないわ」

「・・・・・」

僕は、言葉がつづかなかった。ごめん。レイ。これが最後かも知れないのに。

「シンジ?・・・・ありがとう、わたしのために、一生懸命してくれて・・・」
「・・・・」

「結果は・・・しょうがないもの・・・ありがとう、シンジ」
「レイ・・・僕こそ・・・ありがとう。レイは、こんな僕に、そういってくれ
るんだね」

「シンジ、わらって。わたしは、シンジの優しい笑顔が好きよ」
「レイ・・・・」

レイは、天使のような優しい微笑みを僕にむけた。
僕は、必死に笑顔を作ろうとした。でも・・・僕は・・・涙が止まらない。

「シンジ・・・」

レイは、僕の頭に手をやって、暖かく包み込むように僕を抱きしめた。

「ごめん、レイ。最後まで、レイは僕を守ってくれるんだね」
「そうよ、いつでも、わたしはシンジをまもるもの・・・・それに、最後じゃ
ないわ」

「え?」
「わたしは、死なないわ。シンジをまもるもの。そういったでしょ?」

「で、でも・・・・」

そこへ、先生が入って来た。

「ああ、ご主人、戻られましたか。連絡しようと頑張ったんですが、研究所の
方もなかなかガードが硬くて」
「あ、あの?どういうことでしょうか?」

「喜んで下さい。奥さんは、大丈夫ですよ」
「でも、血液は・・・・」

「もういいんです。昨日から、奥さんの血中の血球濃度が異常に・・・・いや、
その、急激に上昇しまして、驚くべき生命力です」
「それじゃあ?」

「そうなんです。奥さんはどうも、かなり、特殊なからだのようで・・・血液
もそうだったんですが・・・我々の常識はあまり、あてにならなかったようで
す」
「そ、そうなんですか。でも、ありがとうございます」

「いや、私ではありませんよ。奥さんの生きようという気持ちと、それを引き
出したご主人の力ですよ」
「いえ、とにかく、ありがとうございます。ホント、なんといっていいか・・・」

「ただ、申しましたように、我々の・・・現在の医学では・・・はかりしれな
いからだですので、まったくの安心は出来ません。しばらく、入院していただ
いて、検査を行いたいと思います」
「は、はい。よろしくお願いします」

僕は、深々と先生に頭をさげた。

「いや、礼には及びません。私も奥さんのからだには非常に興味を惹かれます。
いや、だからといって、実験してみたりとかそういうことはしませんが、もし、
よかったら、今後もなにかありましたら、ぜひ、当病院にお越しいただいて、
私に連絡をとってください。きっと、力になりますから」
「ありがとうございます。是非、そうさせてもらいます」

レイがなおった。僕はその喜びでいっぱいだった。こんな心強い主治医もつい
たことだし、いつまでも、僕達は生きていく。

「じゃあ、まだ、病み上がりですから、むりさせないように。まあ、話ぐらい
はしてもいいですから」

そういうと、先生は病室から出ていった。

「と、いうわけなの・・・・うふふっ」

僕がレイに目をむけると、レイは、笑いながら、そう僕にいった。

「ひ、ひどいよ。レイ。だまってるなんて」
「あら、ちゃんと、言ったじゃない。わたしは死なないって」

でも、良かった。ホントに良かった。僕は、レイを・・・横になっているレイ
のからだを布団ごと抱きしめた。

「シンジ、痛い。でも・・・・気持ちいい」
「ご、ごめん」

僕は、あわてて、手を離した。レイは、上体を起こして僕を見つめた。

「ううん、はなさないで・・・もっと強く抱いて、わたしをはなさないで」
「うん、レイ」

もう一度、強く抱きしめた。レイのからだは細い。でも、以前のように儚げな
たよりなさは感じられない。丸みをおびた女性の・・・母の・・・からだだ。
でも、小さい。それは変わりない。なんで、こんな小さなからだで、こんなに
強いんだろう?

「シンジ、さみしかったわ」
「ごめん」

「ううん、いいの・・・・シンジの優しさが伝わってくる」
「うん、僕も・・・レイ・・・いつまでもこうしていたい」

「あら!それはだめよ」
「なんで?」

僕は、手を緩めて、悪戯そうにそんなことをいうレイを見ていった。

「だって、わたしはもう、シンジだけのものじゃないわ」
「・・・・そうだね」

そうだ。僕達の・・・ふたりの息子、ハジメ。彼は、レイの胸を、レイの肌の
ぬくもりを、しばらく、独占することになるだろう。

「でも、ちょっと、くやしいな。それって」
「うふふっ・・・・だから、いまのうちよ」

「そうだね」

僕は、レイの小さな唇に口づけをした。それは、昔のキスとは違う。僕は、レ
イの唇をこじ開け、レイの舌に舌を絡める。レイは、僕の舌をカリッとかじっ
た。

「痛っ・・・・なにするんだよ。レイ!」
「うふふっ・・・昨日、一日、わたしをほっておいた罰よ!ホントにさみしか
ったんだから!」

「ひどいよ。ほら、血が出てるじゃないか!」
「そうよ。わたしは血が足りないんだから!なめさせて」

そういうと、レイは、僕に飛びついて、僕の舌をしゃぶりだした。

『ちょ、ちょっと、レイ!』

もちろん、言葉にはならない。レイは、思う存分、僕の血をすうと、ゆっくり、
僕を放し、ベッドに横たわった。

「ふー、疲れたわ」
「・・・・」

「でも、おいしかったわよ。シンジの血」

レイは、そういって、唇を小さな手でなでた。僕は、唖然として、レイを見つ
める。

「レ、レイ・・・・ひどいよ。そんなことするレイ、僕は・・・・」
「シンジは?」

レイの強固な意志をもった真紅の瞳がキラキラと輝いている。どこか、悪戯げ
でて、不安そうでいて・・・僕は、そんなレイが・・・僕は・・・

「・・・・・愛してるよ。レイ」

「うふふっ」

ほんとに・・・・僕の愛する・・・・かわいい・・・・小悪魔・・・・いや、
吸血鬼め!

つづく?


あとがき

どうも、筆者です。

泣けちゃいました。最初っから、こういう落ちを考えていたのに、
レイは助かるってわかっていたにもかかわらず、
書きながら、ボロボロ涙が出てくるんです。

筆者もそうとう重症のようです。

で、その辺の記述は、ほんとに言葉足らずになってしまったような気がします。
ただ、その状況を思い浮かべながら読み返しても、
やっぱり・・・・ダメなんです。これ以上かけません。

いまもまだ、その余韻は残ってます・・・・

では、気をとりなおして、

今回の話は、ちょうど、「わたしを月へ」の数カ月後、
ということになるわけです。(やっぱり、結婚する運命みたいですね)

「わたしを月へ」は、単純に、Fly me to the moon の和訳というだけでしたが、
今回は、レイの秘密を一部ばらそうとおもって、書いた訳です。

で、レイが病気になって、検査したら・・・・
っていう感じでいこうかと思ったんですが、
どうも、「レイが好き!」本編の方ではそういう話は書きづらい感じが
あるので、(なんたって、らぶらぶ話ですからね。くらい話は・・・)

というわけで、これは、増刊号だなって思って、
そうすると、未来の話だな、この間、レイが妊娠していたな
と思いまして、こんな話を思いついた訳です。

しかし、血液の構成成分って、こんな感じだろうか?
一応、血小板は忘れてる訳じゃなくて、固まったら困るかなっておもって、
わざと、抜いたんです。

で、こんな話をかいちゃったら、続けざるを得ませんね。この未来シリーズ。

とりあえず、レイが退院して、アスカに冷やかされて・・・・
ハジメという名前は、「なんて、単純な!」といわれなければなりません。

そうなのです、レイ(零、0、ゼロ)の子だから、ハジメ(一、1、イチ)なのです。
我ながら、なんて、単純な!

リツコさん(赤木博士だよ)にもお礼いいにいかないと・・・・
そして、レイのからだの謎をもうすこし・・・

それぞれの会話は浮かばなくはないんですが、
やっぱり、増刊号ネタは、なにかテーマがないとダメかな
と思いますんで、それが、うまく思いついたら、そのうち書きます。

それでは、

もし、あなたがこの話を気に入ってくれて、
そして、もしかして、他の作品も読んで下さるとして、

また、どこかで、お会いしましょう。


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