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01 新天地
「あれー、誰も迎えに来てないや。おかしいな?どうしよう。」
駅から出ると少年は周りを見回した。
ロータリーには小さい噴水とその前にベンチがある。
が、そこには誰も居ないし、他には、タクシー待ちの人が、
2・3人いるだけで後は誰も居なかった。
「おっかしいなー?」
少年は再び呟くと、ポケットから1枚の写真を取り出した。
「母さんは駅に迎えが来てるって言ってたけど・・・・・・・・・・誰も居ないよな・・・・・・・・・どうしよう。」
独り言のようにそう呟くと写真を見た。写真には20代後半と思われる女性が写っており、胸の谷間にはペンで「ココに注目!」などと書いてある。
「葛城ミサトさん・・・・・か。どんな人だろう。これを見ると。明るい人みたいだけど・・・・・。そういえば裏に連絡先が書いてあったっけ。」
連絡先の番号を確認すると、少年は周りを見回し電話ボックスを探した。
そして角の所に目的のモノを見つけると走り出した。写真の裏を見ながら。
その時の彼の目には、連絡先の番号しか目に入っていなかったので、
ボックスの影から飛び出した少女に気づいた時は、
すでにそれを回避するのは不可能だった。
<ごっちーん>
鈍い衝突音。目からこぼれる涙。
もろに相手の頭に鼻をぶつけたらしく、真っ赤になり少し血も出ている。
「痛ったーい。」
その声でハッとして、相手を見た。少女は頭を押さえていた。
「ゴッ、ゴメン。」
相手が女の子だったのと、自分が走っていたことを思い出し、
条件反射みたいに頭を下げた。と、その時少年の目に入ってきたのは、
少女のめくれたスカートから見える淡いピンクのパンティーだった。
「あっ!」
一言言って顔を赤くして俯いてしまった。
少女の方は頭を押さえながら少年を見ると、真っ赤な顔で俯いてるのを不審に思い、
首を傾げるが自分の格好を確認すると、慌てて捲れていたスカートを直した。
「あなた、見たでしょ! エッチ!スケベ!チカン!」
「ゴメン。わざとじゃないんだ。ホントにゴメン。」
「鼻血出して言っても、説得力ないわよ!」
「ちっ、違うよ。これは君の頭にぶつかったとき、鼻を打ったんだよ。
別に君の下着を見て興奮したんじゃない。確かに走ってた僕も悪かったけど、
君だってちゃんと前見てたわけじゃないだろ。」
「やっぱり見たんじゃない。それに何でそんなことわかんのよ。」
「そこに本が落ちてるもの。」
「うっ・・。うるさいわね。たっ、例えそうでも女の子のパンティを
覗いていいなんて事ないでしょ。」
「覗いたんじゃない。見えたんだ。」
「見たことに代わりないわよ。いやらしんだから。」
「いやらしい?誰が!」
「あなたに決まってるでしょ!」
こうなると売り言葉に買い言葉。二人とも周りのことなど目に入らず口喧嘩。
次第に二人を見物するように、人が集まってきた。
そんな中に少年の持っていた写真の女の人が居た。
(あーあー。見つからないと思ったら、こんなとこでー・・・・・)
苦笑混じりに一つ溜息をつくと、
「はーい。二人ともそこまでねー。ちょーっち周りを見てみよーねー。」
その声でハッとして声の主を見る。と、同時に回りも。周りに出来た人垣を確認すると
それまで顔を真っ赤にして喧嘩してたが、さらに顔を赤くして俯いてしまった。
「綾波さん、洞木さんと待ち合わせじゃないの。
来る途中で会った時、そう言ってたけど。」
「あっ!」
と、声を上げ、慌てて時計を見ると少女は、
「いっけなーい。ヒカリに怒られちゃう。ありがとう先生。ベエーだ。」
最後の<ベエー>はもちろん少年に。
一人その場に取り残された少年にその女の人が声を掛けた。
「エーっと、碇・・シンジ君?待たせちゃってゴメンねー。アタシ葛城ミサト。
ヨロシクね。あなたのご両親からしっかりと頼まれてるからね。」
そういって右手を差し出すと、ニッコリ笑った。碇シンジと呼ばれた少年は、
出された右手を見た後、彼女の顔を見た。そして、慌てて握手をしながら話をした。
顔を赤くして。
「碇シンジです。宜しく御願いします。」
「うんうん、じゃ、行こっか。」
「ミサトさん、さっきの子知ってるんですか?」
「なーに、シンジ君。綾波さんに一目惚れー?」
「ち、違いますよ。そんなんじゃないですよ。」
「いーわよー。照れなくったてー。綾波さん可愛いもんねー。」
「だから違いますって。たださっき葛城さんの事を先生って言ってたから。」
「そーよー。シンジ君と同じクラスの女の子。明日になれば会えるわよ。
よかったわね。学校に行く楽しみが増えて。」
「だから違うって言ってるのに。・・・・・もういいですよ。」
「ふーん、そーお?まっいいけどね!あっ、それからアタシの事は<葛城さん>じゃなくって<ミサトさん>って呼んでね。」
そう言いながらもニヤニヤと笑っていた。
(なんとなく先が思いやられそうな気がしてきた。まあいい人みたいだけど。
それはそうと、綾波っていってたな、あの子。確かに可愛い子だったな。
空色の髪と燃えるような紅い瞳が印象的だったけど、
怒ってたから余計そう思えたのかも・・・・・
でも顔が可愛いくっても性格きつそうだし。・・・・・
でも女の子のパンティをあんなに間近で見たのは初めてだったな。
あっ思いだしちゃった。)
なんて一人で考えに耽っていたら、ミサトに声を掛けられた。
「シーンジ君、何考えてるのかなー。綾波さんのこと?」
「なっ、何でですか?ちがいますよ。」
「ホントにー。顔が赤いわよー。まっいいか。じゃ行こうか。」
シンジはミサトに促されて駐車場へと歩き出したとき、
足下にさっきの少女のものらしい本が落ちていた。
ほんの裏表紙には<綾波レイ>と記されていた。
(あれ、さっきの子のだ。慌てて忘れてったのか?どうしよう・・・・・。
まあいいか。ミサトさんの知り合いみたいだし渡しておけば。
それに同じクラスって言ってたから、その時にでも渡すか。
今度会ったら、一応謝っておくかな。
クラスメートになるんだから・・・・・)
そうおもって本を鞄に入れた時、ミサトさんに呼ばれた。
「早くしないと、置いてっちゃうぞー。」
「ハーイ。今、行きまーす。」
この後、すぐに来る地獄を知らないで、短い期間でも、あの父さんと離れて暮らせる
自由に、そして初めての一人暮らしに、期待と夢を膨らませ、ワクワクしていた。
綾波と呼ばれた少女は、待ち合わせ場所へ向かい、急いでいた。
先ほどのこと思い出しながら。
考えれば考えるほど腹が立つ。相手に対してもそうだけど、
ちゃんと謝ってくれた人に、素直になれなかったことに。確かに自分も悪いのだ。
本を読んでいて、周りが見えていなかったのも事実だから。
ただ、下着を見られたショックと恥ずかしさで、
ついムキになってしまったのだった。
ましてあんな大勢の人の前で・・・・・。
考えただけでも恥ずかしくて、顔が熱くなってくる。
(やっぱり私も悪かったのよね。謝った方がよかったのかしら。
でももう会わないわよね。大きなバッグ持ってたから、旅行者なのかな?
うーん・・・・・でももうしょうがないわよね。
過ぎちゃったことだし、気にしてもしょうがない。)
(あっ、ヒカリだ。なんか怒ってるみたい。やっばーい。急がなくちゃ。)
「レイ、遅い!また、寝坊したんでしょ。まったくいつもいつも。
たまには、私を待つくらいの時間に来なさい。」
「ゴメーン。今日はちゃんと間に合うように、家を出たのよ。只、ちょっとアクシデントがあって。ホントなんだから・・・・・。あーっ、その顔は疑ってるでしょ!
ちゃーんと証人もいるんだからね。」
「誰よ。証人て。ホントなら言ってご覧なさい。」
ヒカリは本当に怒っている訳でもなかったが、証人とやらが居るなら、
聞いてみたかったのだ。
「葛城先生よ。」
「なんで葛城先生なの。どこで会ったの。私もさっき先生に会ったばかりよ。」
「うん、知ってる。」
「えっ、どうして?」
「先生に聞いたから。」
「なんか要領得ないわね。ちゃんと最初から話してよ。」
「うん。あのね、今日はホントに早くに目が覚めたの。
で、欲しかった本の発売日だったから途中でその本を買ったのよ。
買えば読みたくなるでしょ?
で、歩きながら読んでたら、夢中になっちゃって。
駅前の電話ボックスの所で前から走ってきた男の子と正面衝突。
それで転んで、スカートが捲れちゃって、
下着を見られて、恥ずかしいやら、頭に来るやらで、
ちょとした口喧嘩になっちゃったの。売り言葉に買い言葉ってホントね。
すっかりエキサイトしちゃたの。
その時に止めてくれたのが葛城先生って訳。
周り見たらすっかり見物人がいて、恥ずかしかったわ。真っ赤になって俯いてたら、
先生に「洞木さんと待ち合わせじゃないの?」って言ってくれたの。
じゃなければあの場からどうやって脱出考えて、動けなくなってたかもしれないわ。
ホント、助かっちゃた。」
「「ホント、助かっちゃった。」じゃないわよ。しょうがないわね、全く。
あれほど歩きながら本を読むのはやめなさいって言ったでしょ。」
ヒカリは心底あきれているようだった。大きい溜息をついていたから。
「で、レイ、その本は?見れば手ぶらだけど」
「あっ、ない。嘘。どうしよう。
ぶつかったと時落として、拾ってくるの忘れちゃった。
えー、ショックだー!」
「どうするのレイ。戻ってみる。」
「でも、拾われちゃってるよね、きっと。それに時間もないでしょ。」
「映画なら、来週来ればいいし、買い物は駅前にもセンターがあるから。
それにこのままじゃ気になって映画見てらんないでしょ?」
「うん。ゴメンね。でも、それもこれもアイツのせいだ。
一時的にでも私も悪かったなんて思って損した。」
「でも、ちゃんと謝ったんでしょ、その人。」
「うん。」
「じゃー、レイだって悪いんだから、しょうがないでしょ。」
「でも、アイツ、私のパンティ見て、鼻血出してたのよ。
まあ、本人は私で鼻を打ったからって言ってたけど・・・・・。」
「ふーん、レイはどこか痛いところは?」
「・・・・・おでこの上・・・・・」
「じゃあ、その人の言った通りじゃないの?」
「うーん・・・・・・・・・・そうかもしれない。
となると、やっぱり私も悪いのか・・・・・」
ちょっと落ち込んでしまった。私は先生のお陰であの場から逃げ出せたけど、
あの人はそうもいかなかったろうから。
「ちょっと、レイ、行くわよ。」
ヒカリに声を掛けられて考えるのをやめ歩き出した。
私にとっては今は本の事の方が重要だから・・・・・
キキキキキキキキキキーーーーーーーーーーーーッ
派手な音を出して、車が止まった。
「さっ、着いたわよ。このマンションがそう。じゃあ、行こっか。
あれ、シンジ君どうしたの?ぐったりして。」
「・・・・・どうした・・・・・の・・・・・じゃなく・・・・・て・・・・・・・・・・僕・・・・・車・・・・・が横に走るの・・・・・初めて・・・・・知りました。」
「あらー、酔っちゃたー?ちょーっち刺激が強すぎたかしら。
でもアタシ、運転には自信があったんだけどなあー。」
そういって、ミサトさんは僕を見ながら笑っていた。
(まあ、いいや。もう乗ることもないだろうし・・・・・)
気を取り直して、車から降りた僕は、目の前のマンションを見た。
<コンフォート>と書いてある、1から10までの建物があった。
(ふーん、ここかあ。父さんも母さんも随分無理したみたいだな。たった半年なのに、
こんなすごいの用意したんだ。僕の我が儘の為に・・・・・ちょっとうれしいな。
父さん母さん、ありがとう。)
「さっ、シンジ君、行こっか。」
「ハイ。ミサトさんもここに住んでるんですか?」
「・・・・・も?・・・・・ふーん・・・・・なるほどねー。」
なにやら怪訝な顔をしてた、と思ったら急にフンフンと一人で納得している。
と、突然僕を見てニヤーっと笑った。
何となく僕はその顔を見て思わず引いてしまった。
その顔は、6年前に引っ越していった、僕の天敵とも言うべき幼なじみの顔を
思わせるモノだったから。
その幼なじみが、僕をいじめる新しい方法を、考えついたときに、
ちょうど同じ顔をした。
「なっ、何々ですか?」
「ううん。ナーーンでもないわよ。」
たまりかねて聞いても、それしか答えてくれない。
どう見ても何でもないようには見えない。
何となく、かなりイヤな予感がする。
こういう時に限って僕の感は当たってしまう。
(なんかイヤだな・・・・・といって帰るとこないし・・・・・どうしよう・・・・・)
僕のいつもの悪い癖で、長考体制に入ってしまった。
「じゃあ、行くわよ!」
「ハッ、ハイ!」
急に声を掛けられ、思わず返事をしてしまう。どのみちミサトさんに付いて行くしか
選択の余地はないのだから・・・・・
(父さんはともかく、母さんだけは裏切らないよね・・・・・)
心の中でそう呟いた。そして暖かい母の笑顔を思い出そうとした。
が、何故か浮かんできたのは、口の端をちょっと吊り上げて、
ニヤリと笑う父の顔だった。
そして30分後、僕は放心状態で、対照的にニコニコ笑うミサトさんと、
リビングのテーブルに座っていた。
今、説明を聞き終わったところだった。
「と、言うわけ。分かった?」
「・・・・・・・・・・・ハイ・・・・・・・・・・」
「じゃあ、これから宜しくネ!」
「・・・・・・・・・・・ハイ・・・・・・・・・・エッ、ダメですよ。同居なんて!」
「じゃあどうするの?他に行くとこ、あ・る・の・か・なーーーー?」
「ウッ!・・・・・ナイです。」
「じゃあ、他にしょうがないわね。
と、言うことで、き・ま・り!じゃあ先にお風呂に入っちゃいなさい。
長旅で疲れたでしょ?出るまでに歓迎会の用意しておくから。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ハイッ、サッサと行く」
追い立てられるように僕はバスルームに向かい、お風呂に入りながら、
どうしてこうなったかを、ボンヤリと考えていた。
駐車場からエレベーターで案内されたこの部屋には、表札があった。
<葛城ミサト>と。
何故ミサトさんの部屋に来るのか疑問に思っていたら、
ミサトさんの口から爆弾発言が飛び出した。
「ここでシンジ君は、アタシと一緒に暮らすのよ。」
「エッ・・・・・・・・・・エッ・・・・・・・・・・
エッーーーーーーーーー!!!!」
「大きい声出さないの!」
「だっ、だって・・・・・・・・・・そんなのダメですよ。
僕そんなの聞いてません。
僕は一人暮らしってき聞いてます。
なのに何故こういう事になるんですか?」
「何故って、アタシに言われても・・・・・・・・・・
とりあえずここじゃナンだから、中に入りなさい。」
「でっ、でも・・・・・・」
「いいから!!!とにかく中に入って!!!!」
「・・・・・・・・・・ハイ・・・・・・・・・・」
「ヨシヨシ、いい子いい子。聞き分けのいい子は大好きよ!!」
その後、僕は放心状態の続くまま、説明を聞いた・・・・・ような気がする。
うろ覚えだが、最初は僕のお母さんから連絡があったらしい。
短期間ではあるが、一人暮らしの出来るようなワンルームを探して欲しい、と。
だが、その後お父さんから連絡があったと言っていた。
「まだ子供で、一人暮らしする力は無い。やはり良識ある大人が必要だ。
そこで君に頼みたい。私たち夫婦には君の他に頼める人が居ない。
無理を承知で御願いする。是非、私たち夫婦と息子を助けて欲しい。」
と。ここまで聞いて、僕はお父さんの、あの独特の−口の端を吊り上げて笑う−笑い顔 が浮かんだ。と、同時に陰謀 (ちょっと大げさ?) を知った。
もうその時点で僕の頭はショートしてしまい、
ミサトさんの話の内容は覚えていない。
なにやら僕の両親との関係を話してくれたらしいが。
それはもう少し落ち着いてから、改めて聞こう。
今はまだそんな余裕が僕には無かった。
少し落ち着いて、お風呂から出るとリビングのテーブルにはピラミッド状に積まれたビ ールの山とまるでおつまみのような、レトルト食品が並んでいた。
「シンジくーん。ここに座ってー。ハイ、これ持ってー。じゃっ、乾杯しよう。」
「エッ、ミサトさん、僕まだ中学生ですよ。お酒はまずいんじゃないですか?」
「ナーニ言ってんの。ヘーキヘーキ。担任のアタシが特別に許す。」
「特別にって・・・・・!!!エーーー、ミッ、ミサトさんが担任!!!」
「そうよー、さっき言ったじゃない。
うれしいでしょー、こんなナイスバディのお姉さんが担任で。
その上、こうして一緒に暮らせてー。このー、幸せ者が!!」
「・・・そこまで自分で言うかな・・・・・」
「んっ、何か言った?」
「いっ、いえ別に・・・・・」
「ちょーっち、気になるけど、まあいいか。じゃあ、乾杯しよう。ネ!!」
「教師が教え子にお酒進めていいんですか?問題になりますよ!」
「だ・い・じ・ょ・ー・ぶ!
だーってシンジ君、まだアタシの教え子じゃないモン!!
それにしても君って案外モラリストみたいねー。
きっとそうゆう所はお母さん似なのね。
まっ、とりあえず乾杯だけでもしよう。
ビールもぬるくなっちゃうし、おつま・・・・料理もさめると
まずいから。ネ!!!!!」
「・・・・・(すごい理屈だな。・・・・・まあいいか・・・・・
僕もこのままじゃ何となく寝られそうもないし。)
じゃあ、ちょっとだけ・・・・」
「そうこなくっちゃ!!じゃっ」
「「かんぱーい!!!」」
・・ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ・・
「プハッーーーーーッ。やーっぱりエビチュが最高ね!!!」
ミサトさんは一息で1本飲み干してしまった。
唖然としていると僕にむかって少し照れたように言った。
「だーって、シンちゃんが、乾杯を何回も焦らすから。つい・・・・・ね。」
「ハハハ・・・・・ハハ・・・・・・・・・・」
僕は苦笑するしか無かった。
「そんな顔しないの!今日はアタシとシンちゃんの
記念すべき<同棲生活>の初日なんだから。
プワーッとやりましょ、プワーっと!」
「どっ、同棲じゃなくて、同居です。ど・う・きょ!」
「やーねー、真剣な顔して。ほーんのジョークじゃない。」
そう言って、またビールを飲みながらニコニコしている。
(この人にはかなわないな・・・・・)
そう、心の中で呟き、また苦笑してしまった。
そして手に持っていたビールを少し飲んだ。
「うわっ、にがー・・・・・」
初めて飲むビールは、僕の思っていたより苦かった。
でも、不思議とイヤな苦みでは無かったが・・・・・
「ところでシンちゃん。料理出来る?」
「料理ですか」
「そう、料理。」
「ええ、一人暮らしが出来るって思ってたから、一通り母さんに教えてもらいました。」
「ヨカッター!アタシ、料理はちょーっち、苦手なのよね。」
「エッ、僕が料理するんですか?一人で?」
「うん!御願いね!」
「<うん!御願いね!>って・・・・・そんな・・・・・
せめて交代制にしましょうよ。」
「うーん・・・・・しょうがないわねー・・・・・
じゃあとりあえず1週間交代って事で。
明日からの当番はジャンケンで決めましょう。いいわね。」
「ハイ。」
僕はこの時の事を後々、死ぬほど後悔する事になる。
「「ジャーンケーン、ポン」」
「ヤリー!!」
「・・・・・あーあ・・・・・」
「じゃシンちゃん、今週は御願いね。」
「分かりました。でも来週はミサトさんですからね。」
この一言が大変な惨事を招くことを、この時の僕は、知る由もない。
「はいはい。分かってますって。
ところで話は変わるけど、シンちゃんて、成績優秀じゃない。」
「そうでもないですけど・・・・・僕って昔から人付き合い下手で・・・・・
あまり外で遊ぶって事無かったから・・・・・小さい頃は隣に凄い子が居て
・・・・・その子に勉強とか遊びとか教えてもらってたんです。」
「ふーん。その子と仲良かったんだ。」
「別に仲がいいって訳じゃ無くて・・・・・
外で他の子にいじめられてると助けてくれるんですけど、
二人きりになるとその子にいじめられてました・・・・・・・・・・
僕って典型的ないじめられっ子だったんです。
でもその子も6年前に引っ越しちゃって、余計外に出なくなっちゃて・・・・」
「それで、毎日家の中で、一人で居たの?」
「ハイ。でもそれじゃダメだからって、父さんが合気道の道場に・・・・・
最初は毎日ぼろぼろになってて・・・・・毎日イヤで泣いてましたけど・・・・・
少しずつ強くなって来るのが自分にも分かるようになると、それが自信になって
・・・・・少しずつ外で遊べるようになりました。
人付き合いが下手なのは、代わりませんけど・・・・・」
「で、まだ続けてるの?合気道。」
「こちらに来るまでは続けてました。ここでの生活に慣れたらまたやろうと思ってます。」
「ふーん、そっか。頑張んなさいね。応援するから。
で・・・・・ちなみに、腕前は?」
「・・・・・一応、3段です・・・・・」
「凄いじゃない。じゃあいじめられる事は無いわね。」
「・・・・・多分・・・・・」
「もう、男の子でしょ。シャキッとしなさい。シャキッと。」
「ハイ。」
「よろしい!じゃあ今日はもう寝ましょうか。明日から学校だし。初日から遅刻できないでしょ?」
「そうですね。じゃあ片づけますか。」
「あっ、今日はいいわよ。アタシがするから。」
「でも・・・・・」
「い・い・の!今日の主賓なんだから、シンちゃんは。あそこの部屋使ってね。
荷物は中に積んであるから。じゃあおやすみ。」
「お休みなさい。ミサトさん。」
僕はベットの中で見知らぬ天井を見ていた。
(本当だったら一人暮らしの筈だったのに・・・・・父さんのバカヤロウ・・・・・
でもまあ、ミサトさんも悪い人じゃ無いみたいだし、しょうがないか・・・・・
明日が初日・・・・・か。そう言えば、本のことミサトさんに言うの忘れてたな。
明日、学校に持って行ってやろう。その時に今日のことを謝っておこう。
あの、印象深い、空色の髪と紅い瞳の・・・・・
綾波って・・・・・女の子に・・・・・)
そう考えながら、次第に夢の世界に入って行った。
色々あった新天地での最初の日の終幕だった。
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