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04 約束

 普段から無表情なその男は、薄い色のサングラスでその目を隠し、
 組んだ手で口元を見せない用にしていた。

「あなた、おはようございます。」

 気が付くとそばで妻が新聞を持って立っていた。
 その顔は、眩しく輝いているようだった。(男の個人的な感想である。)

「ああ、おはよう。ユイ。」

「はい、新聞。」

「ああ、ありがとう。」

 そう言って男は、ガサガサと音を立てて新聞をめくった。

 
 碇ゲンドウ・・・・・シンジの父親である。
           41歳。本部を第2東京市持つ研究機関NERVの所長。
           現在は本部の第3東京市への移転作業のため、
           ここニューヨーク支部に来ている。

 碇ユイ・・・・・・・ゲンドウの妻、シンジの母親である。
           39歳。ゲンドウの補佐役。
           容姿端麗・才色兼備とはユイの為にあるような言葉で、
           その類い希な記憶力は、大型コンピューターに
           匹敵するのではないかと言われている。

 
 二人は同じ大学の、研究室で知り合い、そして結婚した。
 ユイの方は、前述のように才能あふれる美人で、加えて、
 家も250年も続く名家であり、資産家だった。
 それに対しゲンドウの方は、優秀ではあるが、決して男前ではない。
 はっきり言ってどこにでもいるような風貌である。
 人を圧倒するような、雰囲気を除けば・・・・・。

 それがどうしてユイのような人と・・・・・

 これは二人が在学中は大学で、そして今では、二人の勤めているNERV内での
 七不思議の筆頭に上げられる疑問であった。

 そんな周りの思惑をよそに、二人いつも楽しそうであった。
 ゲンドウはいつも、他人から表情を読まれることを避けていたので
 ハッキリとわからなかったが、隣にいるときのユイの顔を見れば想像もつく。
 そしてそのようなユイを見ながらも、表面上の顔を崩さないゲンドウを見て、
 周りはまた、首を傾けるのだった。

 二人の関係は、表面上、亭主関白である。
 ただ、二人をよく観察すると、ユイの方に主導権があった。
 このことは、シンジしか知らない。
 なぜならそこに気づく前に皆、ゲンドウの視線に遭ってしまうから。


 ゲンドウは今の状況を素直に喜んでいた。
 何故なら、14年ぶりに、最愛の妻と二人きりだったから。
 実を言うと、今回の仕事はゲンドウ一人でも大丈夫なのだが、
 色々理由をつけてユイを同伴させたのである。
 ユイはそれが解っていた。
 
(ほんとに子供みたいなんだから・・・・・)

 そう思い、苦笑しながらも、一時とはいえ親元を離れるのは、
 シンジにとって良いことかもしれないと考え、ゲンドウについてきたのだった。

「あの子今頃どうしてるかしら・・・・・」

「心配かね。」

「少しは・・・・・ね。」

「気にするな。」

「そうね。あなたのことだから出来るだけの事はしてるでしょうし・・・・・
葛城さんや冬月先生がそばにいるから大丈夫でしょう。」


 冬月コウゾウ・・・・碇夫妻の大学時代の共通の恩師である。
            二人が大学を卒業後、突然学籍を退く。
            が、その人脈を惜しんだ教育界から請われ、
            現在は、シンジの通う第一中学の校長に着任している。
            本人はそのつもりはないが、教育界に多大な影響力を持つ。

            大学を去った理由の一説によると碇とユイを争い、
            負けたのが原因とか・・・・・事実は冬月本人しか知らない。


「・・・・・問題ない。」

「あなたも、シンジの事が可愛いくってしょうがないくせに。」

「・・・・・・・・・・」

「もう少し、そうゆうところを見せればいいのに・・・・・」

「まだ、あれは幼い。」

「そんな事ばかり言ってるからシンジがあなたを苦手に思うんですよ。」

 妻の言葉には直接答えなかった。が
 その唇の端が『ニヤリ』と歪んでいたのは言うまでもない。

(しょうがないわね。二人ともそっくり・・・・・親子なのね。)

 そんな事を考えながら、妻は別の事を言った。

「早く食べてください。遅れますよ。」

「わかった。」

 シンジがいないという事を除けば、
 碇家の朝の食卓風景に、あまり変化はなかった。

「ところであなた。」

「ん、なんだ?」

「第3東京市にレナがいるのを、知ってます?」

「いや、それは知らなかった。と言う事はレイくんも?」

「ええ、シンジの通う中学にいますよ。」

「そうか・・・・・と言うことは、3人共第3東京市にいるのか。
レイ君もアスカ君もきれいになったろうな。母親に似ていれば・・・・・」

「そうですね。」

「あいつ、どうするのか・・・・・ところでレナさんには何か言ったのか?」

「ええ、とうぶん知らん顔しておいてって。」

「そうか。」

「はい。」

「シンジはレイ君にはもう会っていると言うことか。
後はいつアスカ君に出会うか・・・・・だな。」

「そうですね。」

 そう言うと、二人して本当に楽しそうな顔をした。






「・・・・・ジ、・・・・・ンジ、・・・・シンジ、シンジってば。」

「えっ、なに?」

「何やあらへんで。何ボーっとしてんのや?」

「え、あ、いや、何でもない。」

「何でもない様には見えないけどな。」

 そう言って、トウジとケンスケはニヤニヤしている。

「どうせ綾波の事でも考えていたんだろ。」

「ち、ちがうって。」

「そんなこと言ったかて、顔が真っ赤やで。」

「綾波は可愛いからなー。別にシンジだけじゃないよ。綾波に気があるのは。」

「そ、そうなの?」

「お!認めよったで。」

「そ、そうゆう意味じゃないって。」

「ええからええから。別に照れんでもええやないか。
そや、ケンスケ、シンジの為にお前の秘蔵のモン、見せたりーや。」

「そうだな。良いよ。じゃあこれからうちに来いよ。」

「そうや、みんなでケンスケのうちに行こ。」

「気に入ったのがあれば、特別シンジには、<友達価格>で譲ってやるよ。」

「・・・・・いったい何があるの?」

「それは来てからのお楽しみ!今日の分も一緒に見せるから。」

「今日の分?何それ?」

「とにかく、後はうちについてから。」

「ちょっ、ちょっと待ってよー。」

 シンジはケンスケとトウジに腕をもたれ、引きずられるようについて行った。

 僕はケンスケの家で、<Ayanami Best Selection>
 と書かれたディスクケースを見ていた。他にも色々あった。
 よく見るとミサト先生の名前も見かけられた。

 ケンスケは<Directors Cut>というラベルの貼ってあるディスクを持つと
 僕の方を向いて<ニヤリ>と笑った。
 僕は思わず引いてしっまた。

「シンジ、よっく見ろよ。まだトウジにしか見せてないんだから。」

 そう言われ、トウジを見てみると、やはりニヤニヤしている。

 ケンスケはディスクをドライブに入れると、キーボードを叩いた。
 ディスクの回転する音が僅かに聞こえると、
 いきなりレイの顔がディスプレイいっぱいに写った。

 笑っている顔、ちょっと拗ねている様な顔、怒っている顔、すました顔
 真剣な顔、照れている顔、そこにはシンジの見たこともない、
 表情豊かなレイがいた。中には着替えている最中の危ないモノもあったが、
 シンジの目はディスプレイから、離れる事はなかった。

 そんなシンジをニヤニヤしながら、ケンスケとトウジは満足したように見ていた。

 時間にすれば僅か数分だったが、見終わった後、僕は大きな溜息をついた。

「どうだった?」

「・・・・・うん、よかった。」

「せやろ。これはケンスケの秘蔵中の秘蔵や。」

「そ!でも、どうしてもって言うならシンジには特別に譲ってもいい。」

「何で?そんなに良くしてくれるの?」

「そりゃあ決まってるさ。シンジの住んでる場所が場所だろ?」

「そ、そうだね。」

「そうゆうこっちゃ。友達だったら幸せはわけあわなあかん。せやろシンジ。」

「うん、そうだね。絶対にミサトさんを説得する。」

「よっしゃ。決まりや。」

「よし、今コピーしてやるから待ってろよ。」

「ありがとう。」

 ここにお互いの目的はちょっと違うが、3人は堅い友情(?)で結ばれた。






「ただいまー。」

「おかえりー。シンちゃん遅いー。」

「あ、ごめんなさい、ケンスケの家に行ってたから、遅くなっちゃいました。」

「ケンスケって、相田君の家?」

「はい。」

「そう、友達が出来たのか。よかったねシンちゃん。」

「ハイ。あ、すぐ用意しますから。」

 シンジが家についたのは六時を少し過ぎてだった。
 ミサトに言われて夕食を作ろうと、急いで部屋に駆け込む。
 そんなシンジをニコニコしてミサトは見ていた。

(よかったね、シンちゃん。家に遊びに行けるような友達が出来て。)

 シンジは自分の部屋で、急いで着替えていた。
 ふと、思い出す。ミサトの家には食材がないことを。

「すいません、ミサトさん。料理の材料、何も買ってこなかった。」

「あ、アタシも忘れちゃった。」

「どうします?」

「うーん、しょうがない。何か食べに行こっか。」

「いいんですか?」

「いいっていいって、アタシも悪いんだから。
自分の家なのに、すっかり忘れてたんだから。」

「すいませn。明日はちゃんと買い物してきます。」

「うん、じゃあ出かけようか。ついでに明日の朝の分も何か買わないとね。」

「そうですね。」

「じゃあ、支度しよ。」

「あ、僕はこのままでいいです。」

「そっか。じゃ、ちょっち待っててね。すぐ用意するから。」

「はい。」

「覗いちゃだめよー。」

「そ、そんなことしません。」

「えー、つまんない。」

「何言ってるんですか。」

「やーねー、冗談よ、ジョーダン。」

「・・・・・・・・・・」

 真っ赤になり何も言えないシンジを見て、
 ミサトは楽しそうに笑い部屋に入っていった。

 部屋に消えたミサトを見ながら、昨日から振り回されているなと、溜息をつく。

(ミサトさんていい人なんだけど・・・・・やっぱり性格に問題あるなぁ。)

 そう考えると、これからの半年間が不安になった。
 そんなシンジの思いをよそに部屋から元気にミサトが出てきた。

「おっまたせーーー。」

 そんなミサトを見て、また溜息が出てきた。





 ベッドの中でシンジは今日のことを思い出していた。
 初めての学校、新しい友達、その友達との約束。

(よかったな。ミサトさんがOKしてくれて。)

 そうトウジやケンスケの事を話したら、あっさりとOKが出た。
 僕の友達だから歓迎すると言ってくれた。
 ミサトさんは騒ぐのが好きみたいで、
 自分の友達のマヤ先生とリツコ先生も呼ぼうって言ってた。

(トウジもケンスケも喜ぶだろうな・・・・・綾波も誘ってみるかな。)

 そう、ミサトは女の子も呼べばって言ってから。
 何故女の子でレイを思い出したのか、自分でも解らなかった。

(そういえば、ケンスケに最後に見せられた今朝の写真にはまいった。)

 そう、シンジとレイがディスプレイの中で抱き合っていた、
 様に見えた。そのシーンを思い出し、
 シンジはベッドの中で、真っ赤な顔をしていた。












コメント
  なかなかレイが前面に出てきません
  レイを中心に書きたいのに・・・・・(^^;;;
  まだまだシンジ中心になりそうなので、
  でも、やっぱりシンジがいてこそ
  エヴァの世界が成り立つしレイの存在が生きて来るんでしょうね、きっと。

  でも、次はレイだけで構成したいと思います。
  どんなレイになるか・・・・・ちょっと不安です。

  では、また・・・・・


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