「ガラスの仮面」二次創作
釣り合い


「待ってくれ!チビちゃん!」

長い黒髪の小柄な少女が走り去っていく。
いや、少女ではない。もう二十歳をすぎた大人の女性であることは分かっている。
しかも、彼女は既婚女性だ。

それでも、その小柄な愛らしい姿を目にすると、思わず、口をついて出てくる・・・
俺の素直じゃない唇は、その時ばかりは、あまりに率直に・・・彼女に対して呼び親しんだ呼称を紡ぐ。

「チビちゃん・・・」

俺の静止も聞かず、彼女は、唇を突き出し、いつものお決まりの台詞を言い放つと、
涙の雫を周囲に飛び散らしながら、俺のもとから走り去っていく。
彼女の腕を掴み損ねた俺は、呆然と立ち尽くすことしかできない。

彼女に出会って以来、俺は少しづつ変わった・・・最初の数年は自覚もなく・・・しかし、確実に変わった。
俺ともあろうものが、こんな少女に・・・いや、こんな少女だからこそだったのかもしれない。

俺は、子供のころから、汚い大人の世界にどっぷりとつかりすぎていたのだろう。
そして、ちかごろ俺によってくるのは、汚い大人の世界の中で、汚い思惑をもったものだけだった。

いや、汚い思惑などといっては彼ら、彼女達に失礼だろう。それが当たり前なのだ。
大人は、誰しも思惑をもって動く。自分に利益をもたらすものに対して、相応の対応をする。それが当たり前なのだ。
しかし、彼女の前では、その当たり前の行動すら、汚らしくみえる。俺そのものがひどく汚く感じる。
俺こそが、いつでも、自身の行動の源である、その邪な思惑を強く認識していたのだから。

彼女の純粋さ・・・に、俺は、惹かれた。
回りの誰もが持つ、大人の・・・俺の・・・汚い思惑や駆け引きなど、露ほどにも想像もしない彼女
・・・人を疑うことも知らず、素直に、ただ前にむかって突き進みつづける彼女に。
だからこそ、彼女の言動に心を打たれ、彼女の一挙手一投足に、いつも一喜一憂する。

俺は彼女の純粋さを利用し、巧みに彼女を操って来た。それが、彼女のためだと信じて。
いや、違う。それは、俺の欺瞞だ。俺は、知っている。
俺の言動は、いつでも、俺の邪な思惑を実現するためのものだったのだ。

彼女の去った空間で、ひとしきり自戒の念に沈み込み、長い時間のあとに、現実に戻る。
彼女に投げかけた言葉、それを発した時の彼女の気持ち、そして、今現在の俺の喪失感。

俺は、彼女への想いと自身の言動に対する嫌悪感の渦で錯綜する頭の動きを無理矢理に止めて、
暗闇の支配する街の中を彼女を求めてさまよい歩いた。余計なことは何も考えず、ただ、ひたすら、彼女を求める。

彼女は果たして、いつもの公園のブランコに揺られて、俺を待っている。

「チビちゃん・・・。スマン、俺が悪かった。機嫌を直してくれ」

彼女は、地につま先をつけたままブランコを揺らしながら、プイッと、拗ねた顔で横を向く。
しばらく沈黙が流れた後、彼女は、ブランコから立ち上がり、走り去る・・・・

「まってくれ!チビちゃん」


 ◆ ◆ ◆


「マーくん! 起きて!マーくん」

聞き慣れた声が俺を呼び、俺の体を揺さぶる。

「ん?」

ぼやけた頭のままうっすらと開いた目を、見慣れた瞳が覗き込んでいる。
ぼんやりした頭で、俺は、もういちど目を閉じ、夢のつづきに思いを馳せる。

 ◆ ◆ ◆


「やあ、ちびちゃん、奇遇だなあ」

俺は、彼女の姿をみとめ、そして、声をかける。
嫌われても、泣かれても、逃げられても、なんどでも。

ちっとも奇遇なんかじゃない。偶然などで、あるはずがないのだ。
俺は、彼女の予定を把握し、行動を予測し、彼女の先回りをし、いつでも、彼女の姿を探しているのだから。
そして、ささやかな奇跡を起こし続けて来たのだから。

奇跡なんてものは、待つものじゃない。仕組むものなんだ・・・必然として、呼び込むものなのだ。
俺は、そう、信じてきた。信じていた。

そして、俺は、朝、こうして、彼女に起こされて始まる毎日を過ごすという奇跡を得たのだ。
君が1%の可能性にかけ、純粋に、自身のちからでその奇跡を勝ち取ったのと同様に・・・

・・・同様に?


 ◆ ◆ ◆


「マーくん、そろそろ起きないと、お仕事おくれるよ?」

徐々に鮮明になってくる頭が、最愛の妻が自分を揺り起こしてくれていることを気づかせる。
先ほど去っていたはずの彼女は今、ぷぅっと頬を膨らませながら、口を尖らせ、俺をにらんでいる。

「チビちゃん?」
「もう!チビちゃんって、呼ばないって約束したじゃない。マーくんの嘘つき!」

「スマない。また、夢をみた」
「また?・・・私がいなくなる夢?」

「そうだ。君が走り去っていく夢だ。ブランコでみつけて、声をかけるんだが、それでも走り去っていく・・・」
「もう・・・また、チビちゃんって、呼びかけたんでしょ?」
「そういえば、そうだな。」

「もう!ちゃんと、今度は『マヤ』って呼びかけてみなさいって、言ったじゃない!」
「そういえば、そうだった。しかし、とっさにでた言葉は、『チビちゃん』だった。すまない・・・」

妻は、子供を叱りつけるような目で俺をにらんだあと、顔をうつむかせる。

「・・・結構、傷ついてたんだから、私。マーくんが、そう呼ぶたびに・・・
 そのころは、私は、マーくんに釣り合う大人になりたくてしかたなかったから・・・」
「・・・すまない。俺は・・・」

「ううん、今は、分かってる。マーくんが、愛情を込めて、私をそう呼んでたんだって。
 それにね・・・・うふふふっ、照れてたんだって。それから、マーくんは、きっと、私より子供っぽいってことも」

「チ、チビちゃん!」
「あせって、そんな声だしてもだめです。ちゃんと分かってるんですから!」

マヤは悪戯っぽく笑うと、じっと俺を見つめる。

「私たちは、相手の気持ちばかり考えて・・・本心なんて知りもしないのに勝手に慮って、それを、言い訳にばかりしてきた。
 でも、本当は、自分の本心をさらけ出すのが、本当のことを言うのが怖かったから、恥ずかしかったから、
 いつもの自分じゃないことに、照れてたんだと思う。でも、私たちは、それに気づいた。
 恥ずかしがらずに、照れずに、お互いを信じて、お互いに本心を言葉で表現する」

しずかな口調で、それでも、はっきりとマヤは続ける。

「だから、私は、マーくんって呼ぶ。・・・マーくんは?」

マヤは、にこりと意地悪そうな微笑みを浮かべて、俺を見る。
確かに、マヤは・・・一回りも年下のマヤの方が、俺よりも大人かもしれないと思う瞬間は多い。
そうだ。実は、マヤがそんなに焦らなくても、最初から、ちゃんと釣り合いはとれていたのだと感じる。

俺にできるのは、大人らしい振る舞い、大人の駆け引きだけだ。
しかし、心は・・・あるいは、本当の意味での自分自身は、幼いころのまま停まっている。
『マーくん』と呼ばれていた幼い頃のまま。
俺は、そんなことを思いながらも、マヤの問いかけには答えず、はぐらかすようにマヤに問いかける。

「確かに、なんでも、本音を吐けるという関係もいいと思うが、
 しかし、言葉にしなくとも分かりあえるという関係は更に良いと思わないか?」
「もう!そんなの、私たちには早いです!特に、マーくんには、一生無理ですって!」

俺の、半分照れ隠しのような問いかけに、マヤが頬を膨らませて反論する。
しかし、一生無理だなどと・・・俺は少しムッとして問い返す。

「それはどういう意味だ?」
「そういう意味ですよ!朴念仁で仕事虫のマーくんには、女心なんか、一生わかんないんだから、自覚しなさいってこと!」

「ククッ・・・確かに、君のこころの中は分かりにくい。
 ・・・で、チビちゃんも、俺のことは、言葉で言わないと分からないってことだな?」
「わ、わたしは頭悪いですから!」

「また、そういう、自分を卑下する言葉遣いをする。君の悪い癖だ」
「どーせ、わたしなんて・・・・」

マヤは、目を三角にして、頬を膨らませる。

「クククッ、それで、君の考えでは、俺は、そんなチビちゃんよりも、子供っぽいってことなんだな?」
「ふふっ、たぶん・・・ね。だから、いいですよ、わたしのことチビちゃんって呼んでも」

「いいのか?」
「うん、マーくんは、本当はとっても子供っぽくて、すんごく照れ屋さんなの、知ってるから」

マヤは、おかしそうに微笑みを浮かべたあと、小さく顔を横にふって続ける。

「ううん、本当はね、マーくんの方が大人。そんなのは当たり前でしょ?だって、11歳も年上なんだから。
 ・・・でもね、あのね、私の方が大人だって思ってたら、楽しいじゃない?」

マヤはクスクスと笑いながら、つづける。

「それでね、私は、マーくんを子供扱いするの。
 私なんかよりずっと大人なマーくんは、そんな私のことみて、
 大人な態度で、余裕をもって、わざと、子供っぽくふるまうの。ふふっ、楽しいと思いませんか?」
「クククッ、チビちゃんらしい・・・楽しいな、君といるといつまでも飽きない」

「大変なんですから、速水さんを飽きさせない様にするのって!」
「クククッ・・・いま、『速水さん』って言った」

「も、もう!意地悪!速水さんなんて、大っ嫌い!」

つづく

あとがき えと・・・「レイが好き!」の作者の筆者です。あはは(←笑って誤摩化すな!) いやぁ、某名作少女マンガなんですが、エラいことになってますね! 一応、経緯というか経過を簡単に記しますと、 1976年に連載開始、1998年で連載が一旦ストップ! 単行本は1997年の単行本41巻で停止ののち、2004年に42巻がでて、また停止。 で、2008年に連載再開!・・・現在、49巻まで出たところで、また止まってる模様。 いやー、凄いです。 昔は、演劇スポ根マンガだと思って読んでたんですが、今や、すっかり、恋愛ドロ沼マンガになっちゃって(笑) ・・・いや、なんというか、マヤちゃんと速水さんの純愛っぽい話は、それなりにイイ感じなんですけど 筆者的には41巻でとまってたんですけど、最近、本屋で気がついて、で、思わず、49巻まで一気に読破(^^; おもわず、感情移入して、掲示板に書きなぐっちゃいまして、で、もったいないから、ここに・・と(爆) 題名つけるの悩んじゃいましたが、まあ、適当です。 あ、一応、レイが好き!再起動実験の最中で、現在、リハビリ中です。 なかなかシンクロ率があがってこない(笑)・・・でも、書きたいネタはある。しかも複数・・という感じ それでは もし、あなたがこの話を気に入ってくれて、 そして、もしかして、他の作品も読んで下さるとして、 また、次回、お会いしましょう。 2015年5月 某所にて

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