レイが好き!
第壱話
転校生


朝、いつもと同じ登校する高校生で一杯の電車の中、いつもと違って、僕は、
ひとりの少女を見ていた。

僕と同じ高校の制服を着ている。もちろん、男子と女子では制服は異なるので
僕と同じという訳ではない。僕と同い年か、少し年下に見える。かわいらしい、
整った人形のように真っ白な顔。明るい空のような淡い空色をしたショートカ
ットの髪。そして、もっとも印象的な全てを見通すような真紅の瞳。

はじめてみる顔だ。もちろん、全校生徒をすべて把握しているわけではない。
しかし、これほど印象的な少女に、いままで気づかずにいられるわけもなく、
最近、転校して来たのは間違いない。

そのどこまでも透けるような白い肌は、どこか儚げで、それとは対象的な情熱
色に染まった瞳には、神秘的な雰囲気を漂わせていた。

そんな、神秘的な少女を僕は、じっと見つめていた。

彼女は何を考えているのだろう?

さっきから目があっているはずなのだが、僕から目を逸す訳でもなく、また、
僕をそのまま見つめる訳でもなく、そんなことには興味もないように無表情で
じっと座っている。

無表情・・・別におかしくはない。

そう、いつもいつも感情を表に出して人は過ごすものではない。

『なに、ムッとして歩いてんのよ!』
『えっ、ああ、別に、ムッとしてる訳じゃないよ。』

『じゃあ、何考えてたのよ?』
『べ、別に何か考えてた訳じゃないよ。ただ、歩いてただけじゃないか。
それに、ニヤニヤ笑いながら歩いてたら、変だろ?』

『まあ、そうだけどさ、アタシがとなりにいる時ぐらい・・・・』

ふと、そんな会話を思い出す。あの時は、なんでそんなこと聞くのかと思ってた。

彼女も、ただ、座って、そして、電車に揺られているだけなんだろう。

ただ、座ってるだけ・・・・


    ◇  ◇  ◇


「・・・・綾波レイです」

綾波は、僕達のクラス2年1組に先生に伴われて入って来た。先生にうながされ、
ようやく、つぶやくようにそういうと、そのまま、新しいクラスにも、自己紹
介というものにもなんの興味もないように、先生の次の指示を待った。

「えっ、えーと、綾波さん、それで終りですか?」
「・・・・はい」

「そ、それじゃあ、シン・・碇君のとなりの席があいてるわね。あそこへ・・・」
「・・・・はい」

いつも陽気なミサト先生も、綾波の人を寄せ着けない雰囲気に飲まれたのか、
あっさりと着席を促した。綾波は、そのまま何の感慨もなさそうに、僕のほう
へ歩いて来た。先生につれられて教室へ入って来た時の男子の喚声の面影はも
うなかった。そこには・・・シーン・・・と静まり返った教室があるだけだっ
た。

たったこれだけの間で、そういう、何か近寄りがたい雰囲気をクラス全体へ浸
透させたのだった。しかし、そういう雰囲気も、却って、なにか神秘的な感じ
を与え、しばらくの間はクラス全員がその動きに注目していた。

僕のとなりまで来ると、音も立てずに椅子を引き、無言のまま着席した。一瞬、
僕の顔をちらっと見たような気がしたが、何事もなかったように黒板の方を向
いた。授業が始まっても、そのまま重い雰囲気がしばらく漂った。

「あ、あの、僕は、碇シンジ。今朝、電車で会ったね」

僕は、この神秘的な少女にしばらく見とれていたが、落ち着きを取り戻そうと
小声で話かけた。

「・・・・」

綾波は、聞こえなかったのか、黙って、そのまま黒板の方を向いている。

「あ、綾波は、教科書持ってるの?よかったら一緒に・・・」
「・・・・」

綾波は、前を向いたまま、微動だにしない。しかし、教科書を持っていないの
は明らかだったので、僕は、教科書を二人の机の中間において、言った。

「遠慮しなくてもいいよ、一緒に見ようよ。」
「・・・・そう」

そういうと、綾波は椅子をほんの少し、僕の方へずらし、僕の教科書を覗く。
僕も、綾波の方へ少し移動し、教科書を見るが、本当のところはもう、教科書
どころではなかった。綾波の方から、なにか甘い香りがただよって来たからだ。
それは、香水というわけでもない。石鹸の香りとも違う。綾波の香りとしかい
いようのないものが僕の鼻孔をくすぐった。

『綾波の匂い・・・・』

それを心地よく感じる。なにか、懐かしい想いで・・・・

「・・・・碇君」

綾波の声で、はっと我にかえった。いつの間にか僕は綾波を見つめていたよう
だ。あせって、答える。

「な、なに?」
「・・・・ページ、めくるわ」

そういうと、綾波は教科書の方を見たまま教科書のページをめくった。

「ご、ごめん」
「・・・・問題ないわ」

相変わらず、表情を崩さず答えた。

僕は、それでも、綾波の顔から目が離せなかった。

なぜ、こんなに白いんだろう?白いのに不健康な感じはしない。透き通るよう
な白さ。たしかに、あまり、健康な感じでもない。それは、気配のない、生物
であることを感じさせない、妖精のような白さ。淡い空色の髪もそんな白さの
なかにあって、そんな儚げな印象を支持していた。

深く真紅に染まった瞳だけが、その儚さを裏切っていた。その瞳には、明らか
に、生命を感じさせる意志のあるものが含まれていた。決して、色素が少なく、
血の色で赤いわけではない。なにか、赤い、普通の人とは違った色素がそこに
存在しているような紅だ。その対比が、一層、神秘的な感じを強調した。

「・・・・なぜ、わたしを見るの?」

綾波は、まったく表情を動かさず、僕の方を少し向いて、そうつぶやいた。

「あっ、いや、その・・・・ごめん」

僕は、あわてて下を向いた。

「・・・・」

綾波は、少しの間僕を見ていたようだが、すぐに関心を失ったように、教科書
に視線を落して、授業を聞いているようだった。

そんな雰囲気のまま授業は進んだ。

授業も終りに近付いた時、ミサト先生が綾波に向かって言った。

「綾波さん、このあと、職員室まで来て。必要なもののリストを渡すから。あ
とで、購買部にいって注文しておきなさい」
「・・・・はい」

「そうねえ〜、まず、教科書を注文しなさいね。シンジ君が授業に集中できな
いようだから。でも、無駄かな〜?教科書貸さなくても、見つめることは出来
るもんねぇ〜、シンちゃん」

ミサト先生が、突然、からかうような口調でそういうと、それまで、静まり返
っていたクラスは爆笑の渦に飲み込まれた。

ひどいや、ミサト先生。いままで淡々と授業を進めておいて、最後の最後で、
そんなこと言うなんて・・・

僕は、綾波の反応を見ようと、チラッと綾波の方を見た。

「ほーら、また見てる!」

ミサト先生の言葉で、また爆笑が起こる。

綾波は、無表情でまっすぐ前をみて座ってるだけだった。驚く程、姿勢がいい。

すると、綾波は、スッと音もなく立ち上った。

「・・・・職員室・・・・行きます。」

笑っていたクラス中が再びシーンと静まり返った。綾波は、僕がからかわれて
いるのを助けてくれたんだろうか?まさか、そんなことはないだろうが、とに
かく、僕は、ミサトさんから逃れられて、ほっとした。

「あ、そ、それじゃあ、今日はこれまで、綾波さん、こっちよ」

ミサトさんは慌てたようにそういって、綾波をつれて教室を後にした。


    ◇  ◇  ◇


「シンちゃ〜ん、どうしたの?綾波さんの出て行った教室の出口を見つめて」

僕の前の席に座っていたケンスケが振り返り、ミサト先生の口調を真似して冷
やかした。相田ケンスケは、中学の時から同じクラスで、僕の少ない友人の内
の一人だ。

「そ、そんなこと、してないだろ!ただ、ぼーとしてただけじゃないか」

僕は反論した。

「そやけど、えらい別嬪さんやったなあ、こりゃあ、シンジがぼーとするのも、
無理ないで」

僕の数少ない、もう一人の友人、鈴原トウジも寄って来た。

「でも、なんだが近寄りがたい雰囲気がする奴だよな、綾波ってさ」
「そりゃ、そーやけど、ええなぁ、神秘的な美しさっちゅうもんがあるやない
か、わいは、となりのシンジがうらやましいで」

「だけど、表情がないよ。俺の被写体として考えたら、全然物足りないね」
「あほ、そこが、ええんやないか、そこが」

二人が話してるのを聞いている。三人が集まると、僕はいつもそんなだった。

「シンジ、シンジはどう思うんや?」
「えっ、僕も、やっぱり、綺麗だと思うよ。でも、やっぱり、近寄りがたい感
じだな」

「それは、わしらが、今、散々ゆうたことや。シンジはとなりなんやさかい、
もっと他になんか、ないんかいな?」
「うん、そうだね、・・・・瞳が印象的かな」

彼女の中で、唯一、生命の存在を確認できる瞳。深い真紅の瞳を僕は思い出し
た。

「あかんわ、シンジの奴、またどっかいってもた」
「心、ここにあらずって奴だね」
「しかし、赤い目ちゅうもの変やなあ。髪が青いちゅうのも常識ではかんがえ
られんで」

「あれは、albino っていうんだ。」
「なんやあ〜、それ」
「生まれつき、色素を作る遺伝子になんらかの障害があって、色素がないんだ。
だから、あんなに、肌が白いんじゃないか。」

「ほたら、なんで、目は赤くて、髪は青いんや」
「そんなことは知ならないよ。目は血液の色で、髪は、染めてるんだろ?」

「まあ、ええわ。人の外見ごちゃごちゃゆうんは、男らしないしな・・・それ
につけても、別嬪やったなあ」
「おまえね、言うことバラバラだな」
「あほー、別嬪ゆうのはええんや」

「スーズーハーラー・・・・」

嫉妬の怒りに燃えた洞木さんがいつの間にかトウジの後ろにたっていた。

「い、いいんちょ」

洞木さんは、現在、生徒自治会書記で、委員長だったのは、中学の時だ。トウ
ジは最近では、洞木さんのことを ヒカリ と呼びようになった。それと同時に、
洞木さんもトウジのことを トウジ と呼ぶようになった。でも、とっさの時に
は、長年染み着いた呼び方が出て来るようだ。そんな、ことは気にせず。洞木
さんは続けた。

「トウジ!別嬪って誰のことを話してたの?」
「だ、誰って、別嬪ゆうたら、ヒカリしかおれへんやないか」

よくゆうよ。トウジも。

「・・・そう、まあ、いいわ・・・綾波さん、綺麗だったもんねぇ?」

明らかにバレバレのトウジの嘘に怒りを沈め、少し意地悪そうな顔で、トウジ
を見上げて言った。

「ヒ、ヒカリ、わしのゆうこと聞いてへんかったんか。わしは、ヒカリが別嬪
やゆうとるんや!」
「トウジ・・・ごめんね、疑ったりして・・・ありがと」

疑うも何も、本当のところはお互いに分かっているはずなのだが・・・

お互いを見つめあう二人。

「ヒカリ・・・」「トウジ・・・」

二人は、ともに、中学の時から僕と同じクラスだった。その時からなんとなく
いい感じだった。中学の時に比べると、トウジは更にたくましく、背も高くな
った。しかし、それ以上に洞木さんも驚く程変わった。本人がいつも気にして
いたソバカスも消え、体も女らしく成長した。トウジが別嬪というのも全くの
お世辞や誤魔化しではない。

体だけでなく、精神的にも大きく成長したようで、中学の時にはあれ程、お互
いに恥ずかしがって、意識しあっていたのが嘘のようだ。なにがあったのかは、
話してくれないけど、高校に入ったあたりからお互いに愛しあっていることを
隠さなくなり、照れることもほとんどなくなっていた。

そんなトウジたちを最初のうちは、僕もケンスケも冷やかしていたが、二人と
も冷やかしがいのないほど冷静に、堂々としていたので、いつしか、誰も、そ
んな二人を冷やかすものはいなくなっていた。

そんなわけで、僕とケンスケは、ことあるごとに、この、見つめあう二人、と
いうのを見せつけられるのだった。

ただ、この時、僕は、真紅の瞳に思いを馳せていてまったく気づいていなかっ
た。

「あ〜あ、トウジまでこれか。どーでもいいけど、もう授業始まるぞ」

ケンスケがつぶやくと、二人とも名残惜しそうに視線を外し、席へ戻って行っ
た。

「そ、そうだね。次の授業の準備しなくちゃ」

僕は、そういうと、机の中から、次の授業の教科書とノートを探しだした。

横をみると、いつの間にか綾波は戻っていた。電車の中で見たのと同じような、
何も考えていないような表情で、じっと前を向いている。

「あ、綾波、教科書は?」
「・・・・いいわ、もう・・・・先生が貸してくれたから」

前を向いたまま、綾波はそう答えると、机の上に視線をおとした。

「そ、そうなんだ。」

机の上を見ると、『職員用』とマジックでかかれた教科書があった。

綾波は、その教科書の表紙をめくると、一ページずつ眺めてた。ページをめ
くる速度からすれば、読んでいたのかも知れない。だが、僕にはなんとなく、
眺めているだけのような気がした。僕はそんな綾波をやっぱり眺めていた。

結局、僕は、一日中、綾波を眺めて、この日を過ごしてしまった。休み時間に
なっても、綾波は、僕の視線などまったく気にした様子もなく自分の鞄からハ
ードカバーの本を取り出すと、それを眺めていた。

誰も、綾波に話しかけようとはしない。僕も何度か話しかけようとして、口を
開きかけたが、その度に、言葉が出て来ず、うつむいてしまって、そして、顔
をあげると、本を眺める、なにも考えていない表情の綾波がいて、ぼーとそれ
を見つめてしまうということを繰り返してしまった。

時々、ケンスケが僕に話しかけて来たようだったが、覚えていない。

トウジと洞木さんは、三時間目あたりから姿を消して、今日はそのまま放課後
まで教室には戻って来なかったようだ。

「わいら、急に腹いたなったし、早退や、あとよろしくたのむで」
「またかよ、お前ら、いいかげんにしないと、出席日数やばいぞ」

「大丈夫や、ヒカリがついとるがな、そんなあほなことはせん」
「そうよ、勉強なら、私が教えてあげてるし、出席日数の把握も万全よ」

「ほたら、シンジのことたのんだで」
「この状態のこいつを一体どうすればいいんだよ。」

「まあ、そういわんと、友達やないか。ほな、わいらはこれで」

そんな、トウジたちの会話が交わされてる間も僕は綾波を見ていたようで、ト
ウジたちが出て行ったのに気づかなかった。

あの二人は、よく、授業をさぼって、どこかへいってしまう。二人とも・・・
特に洞木さんは抜群に・・・成績はいいし、全教科まんべんなく、さぼってい
たので、出席日数のほうもそれほど深刻な状態にはなっていなかったようだ。

そうして、平日の昼間のデートをどこかで楽しんで来ては、いつの間にか教室
に戻っていたり、少なくとも、放課後には学校に戻って来て、それぞれ、自治
会とバスケット部に顔を出していた。

洞木さんは、次期生徒自治会会長と目され、自治会で中心的な役割を果たして
いたし、トウジも、バスケット部で一年のときからレギュラーで、いまでは、
エースとして、チームを引っ張る存在だった。

最後の授業が終ると、綾波は、先生に呼ばれ、鞄をもって出て行ったきり、教
室には戻って来なかった。


    ◇  ◇  ◇


「シンジ、ちょっとこいよ」

放課後、そういうとケンスケは、写真部の部室へ僕を引っ張って行った。

ケンスケは、中学の時から趣味にしている写真に最近、はまりこんでおり、高
校では、写真部に所属し、既に、いくつかの賞を授賞している程であった。中
学の時は、可愛い女の子の写真をとっては売り捌いてと、バイト感覚であった
が、最近の、ケンスケの写真への情熱はやや常規を逸した感があり、写真部の
中でもかなり浮いた存在であった。

特に、被写体へのこだわりは強烈で、自分の認めたものしか撮らない。一度、
僕がふざけて、ファインダーに入ったら、烈火のごとく起こり出した。それ以
来、ケンスケの写真にかかわるのはなるべく避けていたので、写真部の部室に
もなるべく近寄らないようにしていた。

この時は、一日ぼーとしていたので、まだ、意識がはっきりせず、ただ、ケン
スケにいわれるがままに、部室の椅子に腰を下ろした。

「ちょっとまっろよ」

そういうと、ケンスケは、『使用中・立ち入り禁止』の札をドアノブにかけ、
暗室に入っていった。

しばらくして出て来たかと思うと、今度は、コンピュータに向かって、現像し
たネガをフィルムスキャナにいれるとマウスを操りながら画面に、集中してい
る。

「違う、これじゃない!こうじゃない!」

「ああ、なんで、ここで!」

「マジかよー!」

時々、どなるように、叫ぶと、スキャナのフィルムを交換したり、コンピュー
タをリセットしたりして、再び、作業に没頭していった。

「あの、ケンスケ、僕、帰っていいかな?」
「うるさい!・・・ああ、すまんな、シンジ。もうすぐだから。とにかく、も
うちょっと、待っててくれ」

ケンスケは、途中から僕がいるのを忘れていたのだろう。とにかく、僕に気づ
くと、なだめるように、ここにいろという。僕は何が起こるのかよく分からな
いまま、じっとしていた。

じっとしていると、また、真紅の瞳の少女が心に浮かんで来る。

「出来た!シンジ、ほら、完璧だろ」

ケンスケがそういって、僕に一枚の紙を差し出した。そこには、まるで、僕の
心の中から飛び出して来たような真紅の瞳の少女が写っていた。

「・・・・」

驚きで言葉も失って、凝視していると、ケンスケが言った。

「やるよ。こうしてみると綾波も結構いいな。まっ、俺のウデかな」

いつのまに、撮ったのか分からないが、ケンスケはいつもカメラを持ち歩いて
いるからそれはそんなに不思議ではない。でも、なぜ?

「俺には、シンジにこれくらいしかしてやれないからな。でも、いいだろ、難
しいんだぜ、なんたって、綾波は真っ白だからな。彩度調節とか明度調節に微
妙なものが要求される。しかも、赤い目に対照的なコントラストを持たなきゃ
いけないんだ。ここまで、仕上げられるのは俺くらいのものなんだぜ。」
「あ、ありがと・・・・」

「一日ぼーとしてたからな。おまえ。トウジはあんなだし、俺は話し相手がい
なくなって、暇だったんだぞ。まあ、俺のことは別にいいけど、俺にはカメラ
もあるし・・・だけど、あんまし、気にすんな。」

ケンスケはやさしくそう言った。しかし、最後の台詞が僕にはよく分からなか
った。

「えっ、何が」
「何がって、綾波のことに決まってるだろ!確認しておくけど、一目惚れなん
だな?」

「・・・よくわからない。ただ・・・」

「ただ?」
「ただ、今朝、電車の中で、綾波を見たんだ。なんて印象的な女の子なんだろ
うって見てたんだ。電車を降りても、なんだか、あの印象的な瞳のイメージが
はなれなくて・・・そしたら、うちのクラスに転入してきて、僕のとなりに座
ったんだ。みると、やっぱり、真紅の瞳なんだ。全く表情を崩さず、顔の変化
は全然ないんだけど、瞳の奥だけは、時々、なにかが動くんだ。そしたら、気
になって、この子は何を考えているんだろう?って。そしたら、あの瞳から目
が離せなくなってしまったんだ。なぜだか分からない。僕は一体どうなってし
まったんだろう?」

「そりゃあ、一目惚れっていうんだろうな。一般的には」

僕が一目惚れ?僕が人を好きになった?僕が恋をした?

「・・・そうなのかな?」
「そうだろ?まあ、頑張れよ。俺も応援するから」

「でも、一体、どうすれば?」
「そんなの知るかよ。俺だって、そんな経験はないんだぜ。でも、一日中、ず
っと見つめてるのはマズイぞ。きっと。綾波だって、変に思っただろうな」

「そ、そうかな?」
「あたりまえだろ!あんなにじろじろ見て、綾波だって、『なんで見るの?』
って聞いてたじゃないか!」

「ケンスケ、聴いてたのか?」
「当たり前だ。俺はお前のすぐ前の席なんだぜ。とにかく、明日からはもっと
ましに綾波に接しろよ。見てるだけじゃ、先にはすすまないだろ」

「・・・・」

「とにかく、じろじろみてたんだから、もう一度ちゃんと謝っといた方がいい
ぞ」
「うん・・・わかった。じゃあ、僕はこれで・・・ありがと、ケンスケ」

僕は、帰ろうとして立ち上がった。

「ああ、じゃあな。」

ケンスケはまだなにか言いたそうだったが、なにか思うところもあるのか、そ
のまま、僕が帰るのを見送った。


    ◇  ◇  ◇


「シンジ君!」

写真部の部室からでて、帰ろうとすると、ミサト先生に呼び止められた。

「シンジ君いいところであったわ。これ、綾波さんに届けてくれない?一枚、
プリント渡すの忘れちゃったのよねぇ〜。お願い」

「いいですよ。でも、僕、綾波の家知りませんけど」
「はい、これ、住所。シンジ君の家の近所のはずよ」

そういうと、綾波の住所を書いたメモを差し出した。手にとってみると、確か
にうちの近所だ。はっきりとは分からないけど、僕の住所と似ている。そう離
れてはいないはずだ。僕がメモとプリントを受け取り、鞄にしまうと、ミサト
先生は、ニヤっと笑っていった。ミサト先生がこの顔をするときはろくなこと
を言わない。

「よかったわね〜、シンちゃん、綾波さんに会いにいくオフィシャルな口実が
できて、でも、いきなり迫っちゃダメよ。落ち着いて、焦らずに攻めるのよ」
「な、何をいうんですか。ミサト先生」

「うふっ、照れちゃってこの子は、とにかく、ガンバンなさい。応援してるわ。
それから、明日からは、授業中は授業にしっかり身をいれなさい。これは、担
任としての忠告よ」
「・・・はい」

そういうと、僕は、もう綾波になんて話しかけようかで頭が一杯でそのあとど
うやって帰って来たか全く記憶がない。気がつくと、僕は、マンションの扉の
前にいた。

『そうだ、帰る前に、綾波のところへ行かなくちゃ』

部屋の鍵を開ける前にそう気づいて、鞄から住所のメモを取り出しながら、今
のって来たばかりのエレベータの方へ歩きかけた。

『えっ・・・』

メモの住所をみて、僕は気づいた。これって、このマンション?ミサト先生か
ら渡された時は、マンション名が省かれていて、気づかなかったがその住所は、
マンション名さえあれば、僕の住所と末尾一桁しか違わない。

『もしかして、隣?まさか!』

そう思って、エレベータよりの隣の扉をみる。そこには真新しい、しかし、味
もそっけもない『綾波』のネームプレートがついていた。

『そんな、ばかな』

確かに、隣が長い間、空き部屋だったことは知っているが、いくら僕だって、
隣に誰かが引っ越して来て、気づかない訳がない。ここ数日、確かにそんな、
誰かが引っ越して来たような気配はなかったのだ。

僕は、インターホンのボタンを押した。しかし、それは、壊れているのか、反
応はない。

『まだ帰ってないのかな?』

僕は、ドアノブをそっと回した。すると、カチャと小さな音がして、ドアが少
し開いた。鍵はかかっていないようだ。

「綾波、いるの?」

僕は、小声を中にかけた。反応はない。ドアをもう少し開けると、綾波の白い
靴が見えた。

『帰ってるんだ』

「あ、綾波?」

おそるおそる、僕は中に入った。靴は脱ごうかどうか迷ったが人の家に土足で
上がり込むのもまずいと思い、脱いで上がった。

壁には、壁紙も張らず、コンクリートの打ちっぱなしで、床も同様に、コンク
リートのまま、砂っぽい埃が積もっている。部屋の中には、白いベッドが一つ
と、洋服棚が一つあるだけだった。その洋服棚のうえには、病院でもらうよう
な薬の袋と水の入ったビーカーが一つ置かれていた。

僕は、金縛りにあっているかのように、身動きもせず、そんな部屋を眺めてい
た。

「・・・・碇君?」

そんな静寂を打ち砕く、小さな声が、背後から聞こえた。

「あ、綾波、やっぱりいたんだ!」

そういって、振り向くと、そこには、全裸で肩からバスタオルを羽織っただけ
の綾波がいた。真っ白なその姿は、まるで天使のように見え、僕は、一瞬目を
逸すのも忘れて、見入ってしまった。

「あっ、えっ、・・・ごめんっ」

そういうと、僕は慌てて目を逸した。綾波はそんな僕の目など気にせず、平然
と僕の前を通りすぎ、洋服だなから下着を取り出した。

「なに?」

綾波は、取り出した下着をつけ、洋服棚から取り出した新しい制服を身につけ
終ると、思い出したように、尋ねた。

僕は、さっきの綾波の姿がまだ頭に焼き付いて、ぼーとしていたので、綾波の
言葉にビクッと反応して、あわててしまった。

「ミ、ミサト先生が、綾波にプリントを一枚渡して欲しいって、一枚渡すの忘
れたからって・・・」

そういいながら、鞄のなかをかきまわして、プリントを発見し、取り出そうと
した時、一枚の紙がヒラリと床に舞い落ちた。

「・・・・それ、わたし?」

落ちたのはケンスケにもらった綾波の写真だった。

「い、いや、これは・・・」

「・・・・わたし、じゃないの?」
「そ、そうだけど、べ、別にそんな深い意味で持ってた訳じゃなくて、その・・・」

別に綾波に責められている訳でもないのに僕はそんなことを口走ってしまった。

「・・・・そう」

まただ、綾波の瞳の奥の何かがゆらりと動くのが見えた。いまのそれは、なに
か悲しいものを含んでいるように見えた。

「あ、綾波・・・」
「・・・・なに?」

僕は、この時なにを言おうとしたのだろう?とにかく、何かを言おうとしたの
だが、言葉にならなかった。

「こ、これ、プリント」

ミサト先生からあずかったプリントを手渡す。

「・・・・」

何もいわずに、それを綾波は受け取る。

「それから、昼間は、ごめん。なんだか、綾波のことじろじろ見てて」

僕は、ケンスケからいわれたことを思い出し、謝った。

「・・・・なぜ、謝るの?」

綾波は、何も気にしていなかったのか、表情を変えずにそう言った。

「・・・・じろじろ見るのは、悪いことなの?」

「だ、だって、僕が見てて、綾波だって、変に思っただろ?」
「・・・・どうして、そう思うの?」

「変に思わなかったの?だって、綾波だって、なんで見てるのかって聞いただ
ろ」
「・・・・わたし・・・・わからなかったから・・・・碇君が、なぜ、ずっと、
わたしをみているのか」

「そ、それは、綾波が綺麗だったから」
「・・・・わたしが・・・・綺麗?」

「そうだよ、綾波は、綺麗だよ。白くって、お人形さんみたいで」
「・・・・そう」

また、あの瞳だ。外側はなにも変化がないのに、悲しげな瞳。

「・・・・わかったわ、人は綺麗だと見つめるのね」
「でも、それだけじゃないよ・・・僕は、気になったんだ。綾波の瞳が、瞳の
奥でなにかが動くのが」

「・・・・わからないわ・・・・」

「僕も、わからないんだ。それがなんなのか。そして、なぜ、それが気になる
のかも。だけど、時々、綾波の瞳の奥が悲しそうに見えるんだ。だから・・・
だから、僕は、そんな綾波が、なんで、綾波が悲しいのが気になったんだ。」

「・・・・わからないわ・・・・悲しいってなに?」

「・・・悲しいっていうのは、心が痛いっていうか、言葉ではいえないけど、
あまり、心の状態が良くない時のことを悲しいっていうんだと思う」

「・・・・そう・・・・」

綾波は、分かったのか分からないのか、いつもの表情のままそう答えると黙り
込んでしまった。何か考えているのだろうか。その時のその瞳からは、さっき
の悲しい感じは消えていた。

「あの、綾波、僕の家、隣なんだ。」
「・・・・知ってるわ」

「そ、そうなんだ。ま、また話しに来てもいいかな?」
「・・・・なぜ?」

「綾波と話がしたいんだ。そして、綾波のことをもっと知りたいんだ。そうし
たら、なんで、綾波の瞳に悲しみを感じるのか分かるかも知れない。」

「・・・・そう・・・・」

「ダ、ダメかな?」
「・・・・そんなことないわ」

「ほんと、ありがとう!綾波も、いつでも、僕の家に遊びに来てもいいからね。
そ、そうだ。綾波は、夕食はどうするの?」

そう僕が、聞くと、綾波は黙って、洋服棚の上を指さした。

「あれが食事なの?」
「・・・・」

「・・・病気・・・なの?」
「・・・・病気じゃないわ」

「じゃあ、普通の食事もできるんだろ?」
「・・・・出来る・・・・とおもうわ」

「じゃ、じゃあ、うちにおいでよ。僕も夕食はいつも一人なんだ。父さんも、ア
スカ・・同居人も帰りは遅いし、いつも、一人分だけ自分でつくって、ひとりで
食べてるんだ。僕が綾波の分もつくってあげるから、一緒に食べようよ」

「・・・・わかった・・・・いくわ」
「ほんと!よかった。じゃあ、早速、今からうちにおいでよ」
「・・・・そうね」

綾波の瞳の奥は、僕が一日眺めていた時には見せなかった表情をみせていた。
不安?喜び?どっちともつかないようなそんな感じがした。

僕は、嬉しかった。もちろん、一人で食事をしなくてもいいという喜びもある。
でも、今はそんなことよりも、綾波と話ができて、少し、綾波のことが分かっ
て来たような気がして、それが、嬉しかった。

つづく

あとがき どうも、はじめまして、筆者です。 これは、僕の第一作です。 はっきり、いって、でたらめな文章です。なってません。 筆者は理系の人ですから。なにとぞ、御勘弁願います。 統計的にいっても、やはり、理系の人は、綾波な人であり(ほんとか?うそです) 筆者も御多分にもれず、アヤナミストであります。 それで、シンジと綾波のらぶらぶを書きたくて、書きはじめたんですけど・・・ 今回は前置き的な話で長くなってしまったので、無理矢理『つづく』をうって しまいました。 このまま、本当にらぶらぶになってくれるんでしょうか? 登場人物は勝手なことばっかりしてくれるし、 なんなんだ、このトウジとヒカリは、こんなの予定にないぞ。 それに、ケンスケも、勝手にいい奴やってくれるし。 筆者は、綾波を書きたかっただけなのに・・・・ 綾波だけです。素直に筆者の言うことを聞いてくれて、 おとなしくしててくれてるのは。 ちなみに、アスカは、次回、登場する予定です。基本的に脇役のはずです。 どんなアスカするか、予定はあるのですが、はたして、言うことをきいて くれるのか心配です。なんたって、あのアスカですから・・・・ それでは、 もし、あなたがこの話を気に入ってくれて、 そして、もしかして、つづきを読んで下さるとして、 また、次回、お会いしましょう。 1997.12

つづきを読むINDEXへ戻る
御意見、御感想はこちら